2013年08月12日

為替レートに圧縮される労働コスト

為替レートが円安に振れると、輸入価格が上昇する一方、輸出価格は下落する。輸出先での最終的な売値を変えなければ、円安による価格下落分はそのまま企業の利益拡大となるし、見方を変えれば、物理的なコスト削減をしていないにも関わらず、コスト削減をしたこととを同じ意味を持つ。

しかしその一方で、「日本のような加工貿易の場合、原材料を輸入しなければならない。その原材料価格は円安によって上昇するから、結局のところ利益拡大分を相殺してしまうのではないか?」という意見もある。これを考えてみる。

話を簡単にするために、原材料をドル建てで輸入し、国内で製造した最終製品をドル建てで輸出するものとする。ドル建ての原材料価格がC(ドル)、ドル円レートがR(1ドルに対する円の値段、例えば1$=¥100)とすると、円建ての原材料価格はC×R(円)になる。

円建ての原材料価格C×R(円)に、国内での製品組み立てによる労働コストW(円)加えたものC×R+W(円)が円建ての製品価格である。この製品を為替レートRで輸出した場合、円建ての製品価格を為替レートで割った値がドル建てでの製品価格になる(以下)。

(C×R+W)/R=C+(W/R)

上の式から、原材料をドルで輸入して最終製品をドルで輸出したことで、原材料価格に対する為替レートの影響は相殺されてしまうことがわかる(もちろん、最終製品が日本国内で消費された場合は為替レートの変化は相殺されず、もろに影響を受ける)。

同時に、国内で発生した労働コストWは為替レートによって圧縮されることがわかる(W/R)。Rは1$に対する円の値段(例えば1$=¥100)なので、円安になればRは大きくなり(例えば1$=¥120)、W/Rは小さくなる。

つまり、加工貿易で製品を輸出した場合、原材料コストに対しては為替レートは影響せず、国内で発生した労働コストに対して為替レートが影響を与える。更に為替レートは労働コストに対して分母で影響を与えるので、円安になれば(コスト圧縮努力をしなくても!)見かけの労働コストが圧縮される、というわけ。

実際のところ変動相場制では、原材料を輸入した時点と最終製品を輸出した時点で為替レートが一致していることはまずない。そこで、輸出時点の為替レートをR、輸入時点の為替レートをR−ΔRとして前述に式を修正してみよう。

{C×(R−ΔR)+W}/R=C+(W−C×ΔR)/R

ΔRは輸入時点から輸出時点までの為替レートの変動で、円高から円安に変わればプラス、円安から円高に変わればマイナスになる(例えば輸入時1$=¥100だったのが、輸出時に1$=¥80に円高進行すると、ΔR=80−100=−20)。

上の式から、見かけの労働コストはW−C×ΔRとなり、為替レートの変化の影響を受ける。特に円高進行すればΔRはマイナスになるので、見かけの労働コストを増やす方向に働いてしまい、輸出企業はそれを埋めわせるために物理的なコスト圧縮に臨まざるを得なくなる。


参考:
日本経済が頂点に立つこれだけの理由(山本 博一/彩図社)
posted by かせっち at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月16日

国債の金利

ここのところほとんど更新をしていないので、自分の理解のためのメモで穴埋め(汗)

国債、というか債券とは「これを買ってくれたら、将来の決まった日に額面に利息を上乗せして払い戻ししますよ」という証書である。この時の利息には考え方が2つあり、額面の一定割合を利息とするものを「利付債」という。例えば額面100万円で利息が1%だとすると、償還日には101万円が支払われる。

もう一つの考え方は「割引債」というもので、額面は100万円だが、実際の売買価格が99万円という契約になっている。この場合、償還日には額面の100万円しか支払われないが、債券を99万円で買っているので、差し引き1万円分が利息の働きをする。

で、昨今ニュースを騒がせている「国債の金利」とは、割引債的な考え方で説明される。

額面100万円の国債を持っていた人が、急遽現金が必要になり、「この国債は○年×月▲日になると100万円がもらえます。誰か買ってください」と募集したとする。この国債に人気があるならば買い手が集まって値段が高騰し、例えば99万円で買い手がついたとすると、100万円−99万円=1万円で、1%の利息がついたことになる。

一方、ギリシャやスペインのように財政状況が悪化しているような国の国債の場合、将来確実に償還されるか不安視されて中々買い手がつかないこともある。その場合、売買価格は額面から98万円、97万円、…とどんどん下がっていく。例えば93万円でようやく買い取ってくれたとすると、100万円−93万円=7万円で、7%の利息がついたことになる。

つまり、その国債に人気があれば、売買価格が上がって額面からの差額が大きくなり、結果的に金利が下がる。逆に国債に人気がなければ、国債の売買価格が下がってに額面からの差額が相対的に大きくなり、結果的に金利が上がる、ということである。まぁ、金券ショップで金券を買い取ってもらう状況に近いかもしれない。

また、仮に国債に人気が集まったとしても、額面以上の売買価格になることはない。例えば額面100万円の国債を200万円で買ったとしても、償還日には100万円しか支払われないので、100万円−200万円=−100万円で損をすることになる。将来確実に損をする取引をする者はいないので、結局、額面以上の売買価格にはならない。

このことは「国債バブル」という造語が嘘っぱちであることを意味する。バブルというのは資産価格が青天井に高騰する状況を指すが、国債には額面価格という天井があるため、如何に購入者が殺到してもバブルにはなり得ない。
posted by かせっち at 20:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

新自由主義の正体

先日紹介した『レジーム・チェンジ』で著者の中野剛志氏は、意図的にデフレを誘発させる経済政策「デフレ・レジーム」の特徴として、以下の点を挙げている。

(『レジーム・チェンジ』p.129より)
このデフレ・レジームは、政治経済学的に見て、重要な特徴があります。それは、政治(とりわけ民主政治)による経済運営を排除しようとする傾向が強いということです。


このように理解すれば、デフレ・レジームに則った新自由主義が小さな政府を志向するのも頷ける。


政治の介入を拒む新自由主義がもたらす世界とは

良く言えば人の手の入らない自然の世界

悪く言えば弱肉強食の獣の世界と同じだ



参考:
『レジーム・チェンジ』(中野剛志/NHK出版新書)
インフレ/デフレの定義(当ブログ記事)
posted by かせっち at 19:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

[図解]シリーズの改訂

過去の経済(メモ)カテゴリの[図解]シリーズについて、図を改訂し、それに合わせて内容を一部修正しました。

参考:
[図解]マクロ経済(当ブログ記事)
[図解]GDPと貯蓄(当ブログ記事)
[図解]景気拡大(当ブログ記事)
[図解]バブル景気と崩壊(当ブログ記事)
posted by かせっち at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

インフレ/デフレの定義

反TPPで有名になった中野剛志・京大大学院准教授の著書『レジーム・チェンジ』を読む。

90年代以降の経済政策は意図的にデフレを誘発させる「デフレ・レジーム」に基づいていた。しかし本来インフレに対処するためのデフレ・レジームを、デフレの経済状況において適用してしまった日本は、この20年の間デフレの泥沼から抜けられないでいる。デフレ脱却のために、今こそインフレを誘発させる「インフレ・レジーム」に転換すべきである…というのが本書の趣旨。

デフレ・レジームを説明するためには、まずデフレそのものを定義する必要がある。一般的には「物価の継続的な下落」と解釈されるデフレについて、中野氏はこの本の中で以下のように定義している。

(本書p.41より)
 したがって、デフレの問題を考える際には、それを単なる物価の継続的な下落という現象面でとらえるだけなく、むしろ、「需要不足/供給過剰」の状態が継続的に続いているという実体面をより重視した方がよいと思います。


需要が不足し、供給が過剰になれば市場原理で物価は下がる。結局は同じことではないか、と思ったらさにあらず。「物価の継続的な下落」という定義では、コストプッシュ・インフレがデフレ圧力になることを説明できないのである。

コストプッシュ・インフレとは、原材料価格の高騰によって物価が上昇すること。物価の上下でインフレ/デフレを定義するならコストプッシュはインフレになるが、物価の上昇によっては人々の購買行動、即ち需要は落ち込むので、デフレ圧力になるのである。

この差異は何か?

ここからは自分の独自解釈だが、本来物価とは生産者と消費者の間の取引の結果で決まるものだが、コストプッシュによる物価上昇は生産者と消費者の取引の結果ではないからだ。そして生産者と消費者の市場では上昇した物価に見あう需要に移動する、というわけである。

このように、物価の上下が需給バランスを正しく反映しないことがあるため、インフレ/デフレの定義は物価の上下ではなく、中野氏が主張する需要と供給に基づいた定義の方が実体に即しているように考えられる。

ちなみにだが、コストプッシュインフレの要因には増税も含まれる。もしデフレの定義が物価の下落なら、税金を爆上げして意図的にコストプッシュインフレを起こせば、物価は上昇してデフレは解消されるはずである。

しかし、そんなことすれば消費は確実に落ち込んでデフレになる。現在取りざたされている消費税増税がデフレ時にやる話ではない、という根拠もここにある。


物価とは需要と供給のバランスの「結果」である

「結果」を以て「原因」を操作することはできない



参考:
『レジーム・チェンジ』(中野剛志/NHK出版新書)
posted by かせっち at 22:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月19日

[図解]バブル景気と崩壊

2012.04.15改訂
2011.11.19初出

景気拡大とはGDPの増加であり、GDPの増加は基本的に企業と家計の支出増大によって為される。家計の支出の財源は給与であり、家計の給与及び企業の支出の財源はGDPから得られる企業収入である、と前回説明した。

ということは、家計の支出も企業の支出も収入による上限が課されることになる。しかし実際には住宅購入や工場建設など、家計も企業も収入を上回る支出をすることがある。それを可能にするのが銀行融資(貯蓄→家計/企業のパス)である。

家計や企業が収入に比べて過剰な借入をすることで、景気拡大が支えられている状態がバブル景気である。以下の図では貯蓄→家計/企業の融資のパスが太くなっていることで過剰融資を表現している。

macro-eco-04.jpg

家計や企業が過剰な借入に走る理由は「チューリップはどんどん値上がりする」「土地は絶対下がらない」「不動産価格は上がり続ける」など、後から見れば根拠のないものだが、バブルの渦中にある人はそれが真理だと幻想する。

同時に金融緩和でお金が動かし易い状況が整えば、家計や企業は借入を増やしてバブルを加速させる。特にリアルマネーである収入と違い、バーチャルマネーである借金はお金を動かし易いということもあるだろう。


しかし、家計や企業を借入に走らせる根拠が崩れたとき、或いは金融引締でお金が動かしにくい状況に陥ると、バブルは崩壊する(下図)。

macro-eco-05.jpg

バブルが崩壊すると家計や企業は支出を減らすのでGDPは縮小する。GDPが縮小すると企業収入も縮小し、家計への給与も縮小する。そして銀行も貸し倒れを恐れて家計や企業への融資も縮小させる。上図の破線になっているパスがその状態を示している。

その一方で、バブルの渦中で借りた巨額の債務(家計/企業→貯蓄への太線のパス)は消えることなくそのまま残る。家計と企業はこの債務の返済をしなければならず、細くなった収入を支出に回す余裕がなくなるため、GDPは更に縮小する。
posted by かせっち at 15:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

[図解]景気拡大

2012.04.15改訂
2011.11.06初出

以下は内需型の景気拡大の図である。

macro-eco-02.jpg

家計と企業が支出してGDPが拡大し、企業収入が増える。企業は更なる収益拡大を目指して支出(設備投資)を増やす。また家計への給与が増え、家計も支出を増やす。企業と家計の支出が増えることでGDPも再び拡大する…という好循環が起きている。

企業収入が増えたからといって家計への給与を増やすことは、企業にとって必要条件ではない。しかし、企業収入の源泉であるGDPの拡大の一部は家計の支出が担っているため、家計への給与を増やして家計の支出を促すことは整合的である。


一方、以下は外需型の景気拡大の図である。

macro-eco-03.jpg

海外の需要拡大により輸出が増えてGDPが拡大し、その結果企業収入が増える。但し、この図では企業から家計への給与、企業と家計の支出は内需型ほど太線で示していない。その理由は、外需型では企業と家計の支出はGDP拡大の必要条件ではない、ということにある。

前述したように、企業にとって支出(設備投資)と給与はコストアップ要因だが、内需型では企業と家計の支出がGDP拡大を担っているため、企業は自ら支出し、更に家計支出を増やすために給与を上げることは整合的だった。

しかし外需型ではGDP拡大に企業と家計の支出を当てにしないため、コストアップ要因にお金を回すインセンティブが働かない。特に輸出過多による通貨高(日本ならば円高)による価格上昇を考えれば、設備投資と給与は抑える方向に向かう。

これが日本でリーマンショック前まで続いた「実感なき景気拡大」、そして現在韓国と中国で起きている事である。
posted by かせっち at 10:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月29日

[図解]GDPと貯蓄

2012.04.15改訂
2011.10.29初出

前回の図を使って、GDPと貯蓄について説明。

macro-eco-01.jpg

GDPに向かうお金の流れは政府、家計、企業の支出、及び純輸出(=輸出−輸入)。これらの合計であるGDPは、政府には税金と社会保険料、企業には企業収入として分配される。これはGDPの三面等価のうちの支出面と分配面を表す。

貯蓄に向かうお金の流れは企業と家計が得た収入(企業収入と給与)から支出(企業の支出、家計の支出)に回らなかった余剰資金。借金の返済も支出ではないので、貯蓄に向かう矢印に含まれることに注意。

最近三橋氏が主張する「貯蓄は過去のGDPの蓄積である」というのは、以下の2つのパスで示される。


GDP→(企業収入)→企業→(銀行預金)→貯蓄

GDP→(企業収入)→企業→(給与)→家計→(銀行預金)→貯蓄


更に、貯蓄は融資という形で家計と企業にフィードバックされ、それが家計と企業の支出を後押しする。その結果GDPは拡大して企業の収入(そして家計の給与)が増え、家計と企業は借りた金を利息付で返済することで、貯蓄にお金が戻ってくる。

政府は貯蓄から融資に回る量を調整するために貯蓄に対して金融政策を行る。そして自らも資金調達のために貯蓄からお金を借りる、即ち国債発行である。発行した国債の返済期限がきたら貯蓄にお金を戻す、即ち国債償還である。
posted by かせっち at 20:33| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

[図解]マクロ経済

2012.04.15改訂
2011.10.23初出

経済評論家・三橋貴明氏が最近よく使う、政府と国民の所得と支出、GDPと貯蓄の関係を鳥瞰的に纏めた図を参考に、マクロ経済を纏めてみるテスト。

macro-eco-01.jpg

三橋氏の図では1つにまとめられていた経済主体「国民」を「家計」「企業」に分割。これは後々図解する予定の「実感なき景気拡大」を図示するためには「家計」と「企業」を別個に図示する必要があったため。また、輸出入を表現するため経済主体「海外」を追加。

更に、「政府」から「貯蓄」に戻るパスとして「国債償還」「金融政策」を追加。「貯蓄」を実際に扱うのは金融機関であるため、「貯蓄」を「金融機関」と同じみなして、それに関する関与として「金融政策」を追加。同時に政府には中央銀行の役割も含む。

以上の図をベースに、マクロ経済を色々図解してみる予定。
posted by かせっち at 20:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

死蔵される富

政府の税収に関するメモ。

前回のエントリで「支出あるところに税金あり」と述べたが、これは逆に言えば


支出に回らないお金は税金を生まない


不景気になると民間は支出を減らして貯金を増やす。貯金には課税されない(銀行預金をすれば利息には課税されるが、元金は課税されない)ので、税として取り出せないお金が大量に滞留する。

三橋貴明氏は日下公人氏との対談で金融資産税を提案したが、これは多くの預金者の納得するところではないだろう。従って税以外の方法で滞留するお金を吸い上げて政府の財源としたいところ。

一方で、お金の滞留場所である金融機関は預金を運用しなければ赤字になる。しかし不景気では民間は支出を減らし、返済目途が立たない融資先が増えるので、めぼしい運用先が少なくなる。

かくして、減った税収を有り余る民間の預貯金で補いたい政府と、有り余る預貯金の安全な運用先を求める金融機関の思惑が合致して、最低の金利でも国債が買われる理由となる。


国債とは死蔵された富を吸い上げる手段である


国債を使って吸い上げた民間の預貯金を政府が支出し、その政府支出が民間の支出拡大のトリガーになれば、自ずと税収が上がってプライマリバランスは改善する。


参考:
税が生まれる場面(当ブログ記事)

続 成長こそが全ての解(新世紀のビッグブラザーへ blog)
posted by かせっち at 11:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月30日

税が生まれる場面

※2010/05/30初出
※2010/06/05修正

政府の税収に関するメモ。

世の中には様々な税金があるが、どのような場面で税金が発生するかを考えた時、以下のような特徴が見受けられる。


支出あるところに税金あり


わかりやすい例は消費税、酒税、たばこ税、ガソリン税、軽油取引税、自動車取得税、自動車重量税等など。これらは物やサービスの対価を支払う時に発生する税金である。

雇用者が労働者に給与を支払えば所得税が発生し、親子の間でも一定額以上のお金には贈与税が掛かる。全ての場面ではないものの、多くの場面で支出には税が伴う。

ということは、増税しなくても支出の場面が増えれば税収増になり、増税すると支出の場面を減らして税収減にもなり得る。これを考えるために、支出の場面で考えた税収の式を以下に示す。


税収=税率×課税対象額×支出の回数


上の式より増税は1回の支出での税収(税率×課税対象額)を増やす。しかし増えた支出金額が支出の回数を減らし、税率アップ分を打ち消して税収減になる可能性を孕む。

一方増税しなくても、課税対象額があがる(高額出費をする)か支出の回数が増えれば税収は増える。これは好景気時の消費行動だから、景気対策は政府の税収増の目的とも合致する。

増税は「即効性があるように見えて、副作用も大きい西洋医薬品」、景気対策は「効果が見えにくいが、結果的に効いている漢方薬」に似ている。無論漢方薬とて用法には注意する必要があるが。


参考:
続 成長こそが全ての解(新世紀のビッグブラザーへ blog)
posted by かせっち at 21:00| Comment(0) | TrackBack(2) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

ハイパーインフレになる条件

ハイパーインフレについての考察メモ。

「国債を増発すると貨幣供給量が増えてハイパーインフレになる」という論はオークションの例で説明できる。

オークションの全ての参加者の持ち金が1万円だった場合、10万円の商品が出品されても誰も落札できない。従ってオークションには1万円以下の商品しか出品されない。

ここで全ての参加者の持ち金が100万円だった場合、10万円の商品は落札できる。それどころか誰もがその商品を競り落とそうとして、10万円を大きく超えた金額で落札される場合もある。

このように、オークション参加者の持ち金が商品の落札価格のハードルを決める。参加者の持ち金が貨幣供給量、落札価格を物価とすれば、ハイパーインフレ論にも一定の正しさがある。

ただしこれには隠れた前提がある。それは「オークション参加者の誰もが出品された商品を欲しがっている」ということ。それではこの前提の反対の場合は一体どうなるだろうか?

オークション参加者の誰もがその商品を欲しがらないのだから、値段を下げても参加者にお金をばら撒いても落札されない。落札されたとしても、とても低い金額になってしまうだろう。

「オークション参加者の誰もが出品された商品を欲しがっている状態」とは需要が供給を上回っている状況であり、その反対は供給が需要を上回っている状態だから、以下のようにまとめられる。


需要が供給を上回っているインフレ経済下では

貨幣供給量の増加でハイパーインフレが起こりうるが

供給が需要を上回っているデフレ経済下では

貨幣供給量の増加はハイパーインフレに繋がらない



参考:
モノ・サービスの供給問題(当ブログ記事)
posted by かせっち at 20:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

お金は回る

マクロ経済の本質について考察メモ。

経済学を本格的に学んだわけではない自分が、経済関係の本や文献、Web記事などを読み漁った結果、マクロ経済については以下のようなイメージを持っている。


マクロ経済の本質とは「お金は回る」ということ


「金は天下の回りもの」という馴染み深い言葉はそのものズバリだし、最近よく聞く「誰かの支出は誰かの収入」という言葉も「お金が回る」サイクルの一部分を取り出した描写である。

そしてケインズ派、新古典派、マネタリスト等等、経済学派の差は「お金の回し方」の流儀の違いであって、いずれにせよ「お金は回る」というマクロ経済の本質については同じである。

一方、多くの人達は経済を家計簿感覚で捕えたがる。その方が馴染み深いからだが、家計簿は「自分の収入と自分の支出」を表すもので、他者との連携―――即ち「お金の回り方」までは読み取れない。

かくして、マクロ経済を家計簿感覚で捕えている人は「お金は回る」という本質に気づかずにマクロ経済を把握しようとするので、結局のところマクロ経済の正しい理解に至らない。


マクロ経済を家計簿感覚で捕えることは

「大地は平らだ」という目に見える状況を頑なに信じ

「地球は丸い」という本質を理解できないのと同じである
posted by かせっち at 22:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

需要と供給に関するメモ

マーケットイン(新世紀のビッグブラザーへ blog)

(エントリより)
 どれほど政策が正しかろうとも、それがユーザーニーズを満たすものでなければ、あるいはユーザーに届けるチャネル(マスコミなど)がなければ、何の役にも立ちません。
 わたくしはこの種の「正しい製品だから、売れるはずだ!」「正しい言論だから、社会に受け入れられるはずだ!」などという、傲慢な思い込みが好きではありません。現実には、世界最高の品質を誇り、世界で最も安価な製品であろうとも、マーケティングに失敗すれば売れません。言論にしても同じです。

 要は「いい製品を作った」「いい言論を公表する」時点で思考停止しているわけで、
「そもそもの目的は『いい製品を作ること』でもなければ、『いい言論を公表する』ことでもないでしょう!」
 と、力の限り叫びたくなるのです。


需要と供給について、ふと思いついたメモ。

供給は統制が容易な少数の生産者が合理的に決められるが

需要は統制が困難な多数の消費者の心理的要因で決まる


例えば製菓会社がアイスを作る量は、製菓会社が立てた生産計画に基づいて決まる。外乱要因があるにせよ、大抵の場合アイスは生産計画通りに作られる。

一方で、作られたアイスがどれだけ消費されるかは消費者心理に依存する。例え値段が安くても真冬にアイスを買う人は少ない。それは消費者が冬にアイスを欲しがらないからだ。

これは社会主義経済(計画経済)が長続きしない理由でもある。計画経済は供給側の都合に偏っており、需要側の要求など欠片も斟酌しないため、経済的な歪みが蓄積していく。

また市場原理の需給バランスにしても、需要側に「安ければ需要は増える」という単純なモデルを当てはめている。一面の真理だが、それを全てとするとアイスの例は説明できない。

結局のところ、需要側とは行動が心理に左右されるプレーヤーが多数おり、プレーヤー同士が互いに影響しあう複雑系なのだ。これを単純なモデルで説明するのは能天気に過ぎる。

このようなことが、近年、心理学的要素を取り入れた「行動経済学」という分野が勃興した要因でもあるのだろう。
posted by かせっち at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

私見:政府の役割

「銀行にとって預金は『負債』である」と聞いたときから、もやもやと思っていたこと。


政府も「銀行」とみなせるんじゃね?

国債=定期預金口座

税金=取扱手数料



つまり国債の増加は預金口座を増やすという、銀行にとしては真っ当な商行為。預金口座が増えたからといって「もうすぐ破たんする!」と批判される銀行はないわけで、寧ろそのような批判は取り付け騒ぎを煽っているだけだったり。

また増税は手数料の値上げを意味する。手数料収入の増加のために手数料単価を上げるか、敢えて単価を下げて利用者を増やすか(減税→消費増→税収増)は経営判断だが、手数料収入だけで預金を払い戻しをしようとする銀行はないだろう。

まぁ、ただの思いつきですが。
posted by かせっち at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

国民一人当たりの国の借金

例えば、小金が貯まったあなたは個人向け国債を100万円分買ったとする。個人向けとはいえ国債、即ち政府の借金は、あなたが買った100万円分だけ増えたことになる。

ここでマスメディアがよく使う「政府の借金→国の借金」のレトリックに従うならば、「国の借金」が増えたので「国民一人当たりの国の借金」も増えたことになる。

100万円を国民一人当たりに換算すると微々たる数字になってしまうので、もっと極端な例で考えよう。つまり全国民がこぞって個人向け国債を100万円買うのだ。

すると政府の借金は「100万円×国民の全人口」だけ増加する。これを「国民の全人口」で割れば「国民一人当たりの国の借金」の増加分になり、その額は100万円だ。


…おかしいとは思わないか?

国民は政府に対して100万円貸し付けたはずなのに

「国民一人当たりの国の借金」のレトリックに従えば

国民は100万円の借金を新たに背負ったことになる



「全国民が個人向け国債を100万円買うなんてことはあり得ない」と反論もあろう。しかし国民のほとんどが何らかの形でお金を預けている金融機関は、多くを国債で運用している。

つまりこのことは「国民が金融機関を介して国債を買っている」と見なせる。よって全国民が国債を買うという仮定は(その額はともかく)それほど極端でもないと思われる。


参考:
赤字と黒字はバランスする(当ブログ記事)
posted by かせっち at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

恣意的な式変形

プライマリーバランス黒字化は手段に過ぎない!(廣宮孝信の反「国家破産」論 ブログ)

竹中平蔵氏の自論「プライマリーバランスの黒字化」の理論的背景の説明。詳細はリンク先を見て欲しいが、まず式Eが不等式がg≦rになっているのはr≦gが正しい。まぁこれは誤植だろうから大した話ではない。(追記:g≧rに修正されました)


それよりも竹中よ

式Cと式Dの間にある

PB=0の必然性は何だ?



ブログでブログ主(というよりも竹中氏自身)が説明しているように、公的債務のGDP比(D1/Y1)を前年度(D0/Y0)より小さくすることがそもそもの目的。だとすると、プライマリーバランスの均衡(PB=0)という条件を持ち込む前にやるべきことは、下記の不等式を検証することである。


D1/Y1≦D0/Y0


これに式@と式Aを代入して整理すると、以下の不等式が成立する。


r+(PB/D0)≦g


この式でプライマリーバランスが均衡すれば(PB=0)竹中氏の言う式Eに一致するのだが、別にプライマリーバランスが均衡しなくても上の式が成り立ってしまえば、公的債務のGDP比が前年度より増えることはなくなるので、本来の目的を達していることになる。

また、プライマリーバランスの均衡によって(PB/D0)が消えるということは、上記の不等式を成立させるように公的債務の金利rの操作するだけで、公的債務のGDP比の拡大を防げることになる。これは金融政策万能主義者が好みそうな話ではある。


とはいえ

この不等式を見ればブログ主が言う通り

プライマリーバランスの黒字化は

公的債務のGDP比の拡大を抑える

一手段でしかないことがわかる



参考:
「節約」から「成長」へ その1(全3回)(新世紀のビッグブラザーへ blog)
「節約」から「成長」へ その2(全3回)(新世紀のビッグブラザーへ blog)
「節約」から「成長」へ その3(全3回)(新世紀のビッグブラザーへ blog)
posted by かせっち at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月22日

ブレーキも必要

「市場」優位の時代は終わったか。(雪斎の随想録)

アメリカ政府によるビッグ3救済支援の問題を枕に、経済に対する国家の関与の仕方についてのお話。

(エントリより)
 このように考えれば、「国家か市場か」という二者択一的な議論の仕方は、粗雑なものでしかないし、「『市場』の優位の時代の終焉」云々という議論もまた、先々の経済社会の姿を展望する上では却って要らぬ誤解を世の人々に与えるものでしかない。国家という枠組は、結局は、人々の自由な活動を支えるためのものである。さらにいえば、筆者が想定する「国家の役割」の根幹とは、「国家は、普段は鬱陶しいものであってはならないけれども、必要なときには必要なことができるようでなければならない」というものである。現下の金融危機は、その時間がどれだけの長きに渉るかはともかくとして、「必要なときに必要なことができる」ことが国家に要請されている局面であるということを示しているに過ぎないのではなかろうか。


今日は久しぶりにロング・ドライブをしてきた。その時の模様は別途上奏するとして、ドライブの最中に「経済政策は車の運転に似ている」と考えた。

車の運転はアクセルを踏んでスピードを上げ、ブレーキを踏んでスピードを落とすのが基本。でも運転が上達してくると、アクセル操作だけで道路の状況に適したスピードをコントロールできるようになる。こうなってくると、普段のスピードコントロールはアクセルで行い、ブレーキは車を停車させるときのみという運転の仕方になる。

これを経済政策に例えると、車の運転は「経済」、アクセルは「金融政策」、ブレーキは「政府による介入」ということになろうか。つまり経済は金融政策でコントロールするのが「上手な運転」で、政府による介入を許すことは「のべつ幕なしにブレーキを踏むような下手な運転」ということになろう。

更に言えば、信号機は「政府による規制」にあたる。安全運転のために儲けられた信号機も裏返せばスムーズな運転の邪魔。数が多すぎれば渋滞の原因にすらなる。すると「そんな信号機は撤去して、楽に運転できるようにしてしまえ!」という声があがる。これは規制緩和派の言い分に相当する。

それじゃ信号機(規制)を取り払い、バイパスや高速道路(グローバル経済)を作ってビュンビュン走れるようにしよう。なぁに、阻むものは何もないから、アクセルワーク(金融政策)だけで運転(経済)はOKさ!―――ってことになりそうだけど、それでもやっぱりブレーキを踏む場面はあり得る。

例えば先の方で渋滞で車が止まってた、カーブが想定以上にきつかった、不意に歩行者が飛び出してきた。このような場面では仕方がないからブレーキを踏まざるを得ない。寧ろこのような状況でもアクセルワークだけで回避しようとしたら、間違いなく事故を起こしているだろう。

このように例えると、金融政策が万能で政府の関与を嫌う経済政策は「ブレーキが壊れたダンプカー」(古い…)を扱うようなもので、一度コントロールを失うと誰にも止められない。よって今のような非常事態には政府の関与というブレーキが必要なのだと思う。

…こんなことをドライブ中に愚考したわけだが、「国家は、普段は鬱陶しいものであってはならないけれども、必要なときには必要なことができるようでなければならない」という雪斎氏の指摘に、その意を強くした次第である。
posted by かせっち at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

とりとめもなく

BSデジタルが視聴できるようになったおかげで、BSジャパン(テレビ東京系)の経済番組や、他局の投資指南番組を目にする機会が増えた。

で、この手の番組では「銀行に預けるだけではお金は増えません!一般の人もFXや不動産に投資して、楽して儲けましょう!」みたいなことを言う手合いが出てくるわけだが。


こういうのってさぁ

「簡単に痩せられる!○○ダイエット!」

ってのと同じ臭いがするのは気のせいか?



とすると、この手の投資話に乗って失敗する人って、「色んなダイエットに挑戦しては、ものの見事に失敗して、痩せるどころかリバウンドかましちゃう人」ってわけだ。

で、結局のところ、「食事を減らして運動を増やす」のがダイエットの王道であるのと同様、「無駄遣いを減らして真面目に働く」のが利殖の王道でしかなかったり。


「テッパンの馬券は『給料』だ」とは何処かで聞いた話


まぁ、根拠はないです(笑)
posted by かせっち at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

円高に向かわない理由

サブプライムローン問題に端を発する金融不安からドルが下落したことにより、円も一時は1ドル=¥100に迫ろうかという勢いで高騰したが、現在のところ1ドル=¥104〜¥107辺りで推移している。

ところで為替相場が上下するのは、結局のところ国を跨いだ金の出入りの結果だ、と以前に書いたエントリ「メモ:為替相場」に書いた。

何らかの理由で
・外国から日本にお金が流入する量が多い→円高
・日本から外国にお金が流出する量が多い→円安


そして為替相場の上下に一喜一憂するよりも、相場を変動させる「何らかの理由」を分析することが肝要(同時に面白いところ)なのであるが、昨今の円高の停滞について「ヤバ韓」の著者は次のような分析をしている。

健全さのジレンマ(新世紀のビッグブラザーへ blog)

(エントリより)
 今年の6月のスプレッドは、ドル、ユーロ、ポンド共に0.6から0.8%となっており、平常時(0.03から0.1%程度)と比べて異常値と言ってよい水準を推移しています。銀行間が疑心暗鬼になっているとは、要は各銀行同士がお互いの財務内容に対し、不安を抱く状態になっていることを意味しています。
 この各国インターバンクの現況に加え、比較的サブプライムローン問題に端を発した金融危機の影響が少ないこともあり、唯一東京市場だけが健全性を保っており(それでも、スプレッドは平常時よりは高いです)、世界中の銀行が東京市場でお金を借りる状況に至っています。


つまり世界的な金融不安の中、サブプライムローン問題の被害が軽微だった日本が「最後の貸し手」になっており、世界の金融機関が円建てで資金を調達して外貨に両替する(つまり日本から海外へお金が流出する)ため、円安圧力が掛かって円高が進行せずにいる、というものである。

まぁ、サブプライムに手を出さなかったことが吉と出た辺りは、「バブルの時でも貸さなかった」と言われるほどの渋い貸し手であることが、結果として都銀を上回る財務内容をもたらした静岡銀行(通称「しぶぎん」)と同じなんだが(笑)

(エントリより)
 なぜ本日この話題を取り上げたかと言えば、最近のユーロが対日本円で最高値を更新しようとしており、またぞろ物事の一面しか見れない日本メディアや似非経済評論家、「投資家は欧州こそ今後の世界経済の中心と認識している。ユーロこそ次の基軸通貨を担う可能性がある通貨だ。日本は欧州に比べて駄目駄目なので、ユーロは対日本円で高騰を続けるのだ」などと、トンデモ論を撒き散らし始める時期と考えているからです。


参考:
メモ:為替相場(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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