2010年02月16日

割れた印籠

人為的温暖化危機なんて嘘っぱち(笑)(Septemberのブログ)

地球温暖化問題における「葵の御紋」として重要視されたIPCC報告。先日のクライメート事件をきっかけにIPCC報告の信頼性が大きく揺らぎ始めている。

(エントリより)
実際のところIPCCの報告書は科学的な裏付けのない“温暖化の証拠”で溢れており、第二・第三の“ヒマラヤ”になりそうな事例を挙げると、

・地球温暖化が原因とされるツバル水没は、防波堤の役目を果たしてきたサンゴ礁がゴミ廃棄で壊滅したことが原因であること[4]。
・北極の氷の減少は地球温暖化ではなく海流(熱塩循環)の周期的な変化が原因であるとNASAのジェット推進研究所(JPL)のチームが突き止めており[5]、チームの予測通り2007年を境に海氷面積は増加に転じたこと[6]。
・キリマンジャロの氷河の消失は130年前の気候変動による降雪量の減少が引き起こしたのであり[7]、温暖化が直接の原因でないことをタンザニア気象局も認めていること[8]。

アマゾンの熱帯雨林の40%がなくなる、アフリカの農業が壊滅的な打撃を受ける・・・
IPCCが実しやかに捏造した話は他にもたくさんあります。
最近はリベラル系メディアのCNNですら、

“本当に地球が温暖化しているのか再調査する必要がある”

と懐疑的な姿勢に転じていますけど、私に言わせると、気付くのが遅い。


参考:
クライメイトゲート(当ブログ記事)
氷河消失説の撤回(当ブログ記事)
posted by かせっち at 23:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月24日

氷河消失説の撤回

ヒマラヤの氷河消失は誤り クライメートゲートに続くIPCCの失態(Septemberのブログiza版)

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、今まで主張してきた「2035年ヒマラヤ氷河消失説」に科学的根拠がないことを認める声明を出した。人為的な地球温暖化の有力な証拠とされるデータの捏造疑惑、いわゆるクライメートゲートに続く失態である。

(エントリより)
【環境】 「地球温暖化の懐疑派は“報告書の信頼は揺らいだ”と攻勢を強めている」 〜ヒマラヤの氷河消失、報告書は誤りと陳謝:

http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1264128888/

1 :有明省吾 ◆BAKA1DJoEI @有明省吾ρ ★:2010/01/22(金) 11:54:48 ID:???0 ?2BP(66)

【ワシントン=山田哲朗】国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は20日、声明を発表し、2007年の第4次報告書で「ヒマラヤの氷河が2035年までに解けてなくなる可能性が非常に高い」とした記述は科学的根拠がなく誤りだったと陳謝した。

世界中の科学者が協力して作成した報告書は信頼性が高く、IPCCはアル・ゴア元米副大統領と2007年にノーベル平和賞を受賞したが、地球温暖化の懐疑派は「報告書の信頼は揺らいだ」と攻勢を強めている。

欧米の気象学者らが20日、独自に発表した分析によると報告書は問題の部分を世界自然保護基金(WWF)のリポートから引用した。
WWFは英国の一般向け科学雑誌ニュー・サイエンティストが1999年に掲載したインド人研究者についての記事を引用した。しかし、この研究者の論文は未公表で、氷河消失の時期も予想していなかった。

「2035年」という時期は、別の文献の「2350年」を写し間違えた可能性があるという。分析は「査読を経た論文を基礎に置くという科学の基本を守れば回避できた間違い」と指摘している。


参考:
クライメイトゲート(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:56| Comment(0) | TrackBack(1) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月27日

クライメイトゲート

[急]地球温暖化データにねつ造疑惑(09/11/26)(日経エコロミー)

(記事より)
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が採用した、人為的な地球温暖化の有力な証拠とされるデータにねつ造の疑いがあることが分かり、先週末から欧米主要メディアの報道が相次いでいる。かつてのウォーターゲート事件をもじった「クライメートゲート(Climategate)」という言葉も作られた。来月デンマークのコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)に影響が及ぶ可能性がある。


日本のメディアではほとんど取り上げられていないが、「地球温暖化の根拠が歪められていたのでは?」というCOP15を揺さぶりかねないスキャンダルを欧米のメディアは大々的に報じている。

クライメイト・ゲート事件、IPCCのデータ捏造疑惑(温暖化)(Septemberのブログiza版)

(エントリより)
米Foxニュースのアンカー、グレンベック氏によるIPCCデータ捏造報道:

(かせっち註:YouTube動画が掲載されています。)


参考:
クライメートゲート事件は、明らかに間近に迫ったCOP15を意識しての揺さぶり。 かなり気持ち悪い勢力が動いてる。(とてつもなく日本)
posted by かせっち at 22:24| Comment(0) | TrackBack(2) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月29日

環境不平等条約

25%削減で日本はまた欧米の手玉に?
鳩山首相国連演説への大いなる疑問(日経ビジネスオンライン)


鳩山首相が高らかに宣言したCo2の25%削減。それは日本にとって「不平等条約」と言われた京都議定書の内容を上回るものである。

(記事より)
 京都議定書は、日本がEUと米国にしてやられた不平等条約であることは関係者の誰もが知っている。そもそも1997年12月に開催された京都会議において、1990年を基準年とするのは奇妙なことだ。会議では、直近の1995年を基準年とすべきという議論があったにもかかわらず、EUが1990年を強硬に主張して押し通してしまったのだ。

 EUが1990年をごり押しした理由は、EU15カ国のうち、排出量の1位と2位を占めるドイツと英国(2国でEU全体の47%)は、会議が行われた時点で1990年に比べ、排出量がそれぞれ19%と13%すでに減っていたのだ。ドイツは1990年時点では東西統一を果たしたばかりで、旧東ドイツの省エネレベルが低く、英国は1990年代に入って発電用燃料を二酸化炭素排出量が多い石炭からクリーンエネルギーの天然ガスに切り替えていたからだ。

 一方、自分たちは7%の削減をするからといって日本に6%を呑ませた米国は、土壇場で議定書を離脱して日本の梯子を外した。クリントン大統領は京都議定書に署名したが、上院で多数を占める共和党に批准を否決されることは当然予想していたはずだ(その後、2001年にブッシュ大統領が署名そのものを撤回した)。

 日本は会議の開催国だったので、面子のために何が何でも調印ありきで、無理を承知で6%削減を約束してしまった。これは国民に大きなツケを負わせ、実に高価な「ネーミング・ライツ(命名権料)」になった。当時の首相は橋本龍太郎、外務大臣は小渕恵三で、この2人に責任を取ってもらいたいところだが、2人ともいまや墓の下である。


既に削減余地の乏しい日本に無理な目標を負わせ、未達成のペナルティとして海外から排出権を購入させる。かくして日本の国富は海外に流出する…これ何て不平等条約?

これまで削減努力してこなかったというならともかく、官民挙げての努力の結果、GDP比でのCo2排出量は世界一低いとされる日本が、何故ペナルティを払わなければならないのか?

「国際公約してしまったのだから、やるしかない」などと言う前に、そもそもの前提の不条理さを問うべきである。そうでなければこの先日本は世界から身ぐるみ剥がされるだけである。
posted by かせっち at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月26日

環境インパール作戦

「25%削減」鳩山構想の危うさ-2
国内経済に与える影響を検証する(日経BP・澤昭裕の『不都合な環境政策』)


鳩山首相が宣言した「25%削減」構想が、日本の国内経済に与える影響を検証したコラム。技術開発の可能性と経済成長に与える影響度、消費者負担の問題、排出権取引に潜む誘惑など、わかりやすく解説しているので、是非読んでもらいたい。

この中では「25%削減」構想により、家計への負担が年間36万円になることにも触れている。この国民への負担について以下のような文章があった。

(記事より)
私は、昨年来、京都議定書の次期枠組みにおいて、日本が何らかの削減目標にコミットするならば、それがどのくらいの国民負担をもたらす約束になるのか、政府はきちんと国民に情報公開し、説明責任を果たすべきだと主張してきた。しかし、そうした意見に対して、国民負担論は温暖化対策を回避するための「脅し」だとか、負担ばかりうんぬんするのは志が低いといった批判が最近目立つようになってきた。国民負担論ばかりが目立つようになると、こうした批判をしたくなる気持ちもわかるが、だからといってそうした議論にふたをしていいわけではなかろう。


「負担ばかりうんぬんするのは志が低い」

はい、出てきましたね、精神論が

精神論はシステムに欠陥がある証拠です



日本型組織が崩壊するとき(当ブログ記事)

(エントリより)
日本型組織を一言で表すなら「職人集団」。末端の構成員ですら職人であり、また各人は職人であることが求められ、そして新人は職人になるように教育される。

彼ら職人の能力は高いため、組織の運営システムに問題があっても職人達の能力がそれをカバーしてしまう。これは日本型組織の強みであると同時に弱点でもある。

つまり職人の能力に依存することでシステムの問題を放置してしまうのである。そして職人の能力の劣化や人数の減少でカバーできなくなったとき、システムの問題点が顕在化する。

この時にシステムの改善に向かえばまだ見込みがある。しかしそれまで職人の能力を力の源泉としてきた以上、非難の矛先はシステムの改善ではなく職人の能力不足に向かう。

かくして職人に対して過剰な精神論が横行し、職人をサポートするはずのシステムの改善は図られず、現場の職人はただ疲弊していく…これが日本型組織の崩壊パターンである。


日本はオイルショック後の省エネ政策で容易に省けるムダは取り尽くしており、これ以上の省エネには他国とは桁違いのコストが掛かる。また、民主党政権が夢想する「Co2を削減しつつ、経済成長の基礎にもなる」技術革新など都合よく出てくるはずもない。

コラムを読む限り「25%削減」構想は、産業界と国民という「現場」に多大な疲弊を与えるだけの「間違ったシステム」であり、これに対する批判を「志が低い」といった精神論で応えることは、このシステムの誤りを示している。


現場の実情を無視して脳内妄想を基に強行し

現場からの支援要請を精神論でねじ伏せた

インパール作戦の構図とよく似ている



参考:
TBS「家庭エネルギー48%削減必要」(痛いテレビ)
posted by かせっち at 22:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月07日

エコ・テロリズム

シー・シェパードがあそこまでやる理由〜『エコ・テロリズム』(日経ビジネスオンライン)

エコの名を借りてテロリスト紛いの行動を繰り広げているシー・シェパード。「紛い」どころか、実はFBIにも認定された正真正銘のテロリスト集団の彼らを含め、過激な環境保護団体の行動原理を取り上げた本『エコ・テロリズム』の書評記事。

(記事より)
 目的のためには手段を選ばない、テロリスト認定された環境団体はほかにも存在する。「動物を守るためなら人命が犠牲になるのもやむなし」、さらには「人類は地球にとって害悪なので滅びるべし」といわんばかりの(実際いっているんだけど)過激な活動について、まあたいていの人は「イカレている」と思っているだろう。

 だが、キチガイで片づければ済む問題なのだろうか、と本書は待ったをかける。

〈ある種の狂気は、単に支離滅裂であることより、むしろ強固な論理的一貫性に端を発する。狂気には狂気の論理というものが存在するのだ〉

 著者は、「エコ・テロリズム」はきわめてアメリカ的現象、それもアメリカの歴史・思想史の〈核心部分に触れている〉〈アメリカの建国精神にまでかかわる〉現象であるという。


参考:
略称決定(当ブログ記事)
経済的理由(当ブログ記事)
posted by かせっち at 20:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

神は人をして自然を冒すことを許し給うたか

キリスト教にかけられた“嫌疑”(日経ITpro)

「昨今の環境問題の根源はキリスト教にあったのか?」というリン・ホワイトJr教授の問題提起について。

(記事より)
 キリスト教には環境問題を引き起こした重大な嫌疑がかけられている。聖書の中に、はなはだ問題がある個所があるからである。長いが全文を紹介してみたい。

 「神は彼らを祝福して言われた。『生めよ、ふえよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ』。神はまた言われた、『わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたにあたえる。これはあなたがたの食物になるのであろう』」

 天地創造が書かれている、かの『創世記』第1章28編の1節である。この部分が、1968年、環境思想上、大論争を引き起こすきっかけとなった。告発者は米カリフォルニア大学の教授、中世農業技術史が専門でルネサンス研究家としても名高いリン・ホワイトJrである。

 ホワイトは『機械と神』という著作の中で、今日の環境問題の起源を歴史的・思想的に説き起こし、大本にあるのがユダヤ・キリスト教だと述べた。といってもキリスト教そのものを糾弾したのではない。ホワイトは今日の環境問題は科学や技術の無制限な研究・開発によってもたらされたと指摘。それでは何が根拠となって無制限な科学と技術の発達がもたらされたのかと問い、その起源が現在をはるかにさかのぼることを解き明かしたのである。

 近代科学は11世紀にギリシャ的な思考とキリスト教の教義とがうまく融合したことで発達し始めた。だが科学技術が発達するにしても、なぜ人間は特別な存在であり、自然を破壊してもいいのだろうか?
posted by かせっち at 23:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

温暖化問題という宗教

ナイジェル・ローソンの主張[前編] 英国の元財務相が指摘する 温暖化問題への理性的対応(日経be special)
ナイジェル・ローソンの主張[中編] 排出権取引よりも炭素税重視 温暖化対策に求められる合理性(日経be special)
ナイジェル・ローソンの主張[後編] 封殺される批判的意見 温暖化対策の“宗教化”のリスク(日経be special)

サッチャー政権で財務相を務めたナイジェル・ローソン氏による温暖化問題に関する問題提起。温暖化問題の通説を批判した彼の著書は母国のイギリスの出版社から拒絶されたという。

(「後編」記事より)
 著書では、ここから、ローソンの思いがより強く現れてくる。ローソンは「現在の温暖化論議は、理性というより信念の議論であり、マルキシズムの崩壊後、世界規模での資本主義の拡大及びその象徴である米国に批判的な人々が何らかの信条を必要としていたが、ここに登場したのが温暖化である。彼らにとって『Green』は新たな『Red』であり、資本主義を嫌い、政府による干渉を好む人たちがこれに乗った」と断じる。

 ローソンは、さらに文化面で考察を深める。環境原理主義、もっと言えば温暖化の絶対主義が欧州で盛んなのは偶然ではない。欧州は世界で最も非宗教的な地域となっているが、人々は宗教が与える安息を求めている。環境誇大主義は一種の宗教で、世界に対する救世主義と考えると理解しやすい。これが人々の空白を満たしたのである。われわれは罪悪感と罪の意識を刷り込まれ、この世の終わりは近いとのご託宣を受け入れやすい。古来、天候は宗教の重要部分であった。実際、カンタベリー大僧正が政治家に向けて、「神から見て、彼らが温暖化対策を実施する責任がある」と演説したことを紹介している。

 もちろん現実の動きは、これとかけ離れている。言うは易いが実行は困難だからである。とはいえ、著者によれば、環境原理主義と温暖化という「新たな宗教」は少なくとも三つの危険をもたらす。第一は、異なる意見と冷静な議論に対する不寛容である。若い学者や政治家が、自身の将来を傷つけることなしに温暖化という宗教に異論を唱えることができない状況は明らかに好ましくない。第二は、欧州各国が言葉の美学に惑わされて、経済に深刻な影響を与える対策を実施するリスクだ。この危険は、特に英国で高い。第三は、途上国が十分な対策を取らないことを理由として貿易措置を取ることである。こうした環境保護主義は世界経済、とりわけ途上国に対して、温暖化による損害以上の損害を与えるだろう。われわれは理性が通じない世界に迷い込んだようだ。この結果、経済に大きな打撃を与える。こうならないように地球を救わねばならないというのが本書の結論である。


参考:
正論か偽善か(当ブログ記事)
posted by かせっち at 22:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

略称決定

SS捕鯨妨害を捜査へ=相次ぐ攻撃受け−海保・警視庁(時事)

(記事より)
 3日午前、調査捕鯨中の母船「日新丸」が米国の環境保護団体「シーシェパード」(SS)の船舶から薬品入り瓶を投げられ、3人が軽傷を負った事件を受け、海上保安庁は同日、SSの妨害が止まらない事態を重視し、捜査を本格化させる方針を固めた。威力業務妨害や傷害容疑での立件を視野に、警視庁公安部と連携して捜査するとみられる。


時事通信のお墨付きが出ました。


シー・シェパードのことを「SS」と呼びましょう

シー・シェパードのことを「SS」と呼びましょう

その略称が「あれ」を思い起こさせたり

その行動が「あれ」に似ているのはただの偶然

単に「Sea Shepherd」の頭文字をとっただけですよ

だから皆胸張って

シー・シェパードのことを「SS」と呼びましょう



…ところでSSの皆さん、今度はどちらの海に突撃だい?(笑)
posted by かせっち at 20:50| Comment(0) | TrackBack(1) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

美辞麗句の嘘

「地球にやさしい」という欺瞞(夢幻∞大のドリーミングメディア)

(エントリより)
前項「なぜ、エコロジーが偽装を生むのか。」で書いたとおり、「環境に優しい」というレッテルは、実は「この商品は売れてます」のレッテルと等しい。本当に環境に優しいのなら、「環境に優しくするために生産量を減らしました」とでも書けばいいのだが、「生産量を減らすこと=売れていない」ことなので、「環境に優しいからたくさん買ってください」という本音が覗いている。


江戸の昔から日本はリサイクル社会だったが、江戸時代は鎖国などもあって利用できる資源が少なく、勢い生産量が少なかったからリサイクルせざるを得なかった側面もあった。

現代でも国内資源が少ないことは相変わらずだが、貿易で資源を輸入することが可能となり、生産量は増大した。それに応じてリサイクルされる量も増大していることは想像に難くない。

勿論使い捨てにするよりはマシとはいえるが、リサイクルに費やされるエネルギー消費も無視できないレベルになっているとも聞く。それが再生紙偽装事件の原因の一端にあるという話も。


「♪リデュース リユース リサイクル」と公共広告機構が歌うように

最初に取り組むべきはリデュース(削減)なのであって

リサイクルは最後の手段とすべきなのかもしれない
posted by かせっち at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

経済的理由

鯨と奴隷(Meine Sache)

捕鯨を奴隷制になぞらえて非難するアメリカの海洋学者の言葉を枕に、奴隷制との対比で捕鯨問題を考察。欧米が奴隷制を放棄したのも捕鯨を止めたのも、「弱者への愛」などではなく、単に「経済的理由」だったという話。

(エントリより)
ものすごく都合が良い偽善臭がしますが、ぼくはこう思います。奴隷を必要としない立場だからこそできたこととはいえ、奴隷制の撲滅に情熱を燃やしたイギリス、そしてやがては欧米人の信念は、賞賛に値すると。捕鯨問題にしてもそうです。鯨を守りたい、鯨と共存したいと願い、世界に対してそう訴えるのは、何ら責められるべきところのない、美しい心がけです。

ただ問題なのは、何事もそうですが、美しい信念は、必ずしも美しい結果を生まないということです。
posted by かせっち at 21:02| Comment(2) | TrackBack(1) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月24日

正論か偽善か

書評 - 貧困の光景(404 Blog Not Found)

(エントリより)
我々が貧困を知らぬ以上に、彼らは貧困以外の状態を知らない。「北の国々」は独立という形で彼らを放置したが、あのような形で彼らの「民族自治権」を尊重するのは、子供を学校にも通わせずさんざんただ働きさせたあげくに、読めもしないメニューを見せて「お好きなコースをお選びください」と言っているようなものだ。

日本人は貧困に関して無知ではあるが、「北の国々」の人々ほど厚顔ではないということは言い切ってよいと思う。


今夜のクローズアップ現代(NHK)は、環境学者レスター・ブラウン博士を招き、地球温暖化とそれに伴う気候変動を取り上げ、今後人類が取るべき地球環境政策についての博士の主張を紹介した。

「化石燃料から循環エネルギーに移行すべし」については御説はごもっともなのだが、今まで「南の国々」から化石燃料を収奪して成長してきた「北の国々」が、同じ成長の過程を歩もうとする「南の国々」に「成長するな」と言い放っているようにも感じる。

ブラウン博士にはそんな意図は恐らくないだろう。しかし「地球温暖化という美名を借りて我々の成長を阻み、南北格差を固定化しようとしている」と「南の国々」が「北の国々」を非難したとき、「北の国々」の彼に返す言葉があるのだろうか?


理想は現実を取りこぼす。

現実は理想を見失う。
posted by かせっち at 22:31| Comment(0) | TrackBack(1) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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