2008年11月18日

移行作業

保守は狡猾であれ(つらつらかきつらねる)

(エントリより)
「保守派」「保守支持」といっても、置かれている立場や状況によって、すべきこと、できることは違ってくる。

一般国民の保守的主張、保守系議員の言行、保守系内閣および首相の言行はそれぞれ違っていて当然です。

それを理解せず、自分たちの期待に100%応えてくれなければ、勝手に失望したり、変節したと決めつける。

保守派が正直で直球勝負を挑むのは結構なことだが、少なくとも内閣や首相は変化球を使えなければならないと思います。

直球だけで抑えれるほどリベラルは大人しくない。

安倍元首相は保守期待の星だった。

ところが、いざ安倍政権がスタートすると、村山談話の継承や靖国参拝の曖昧戦術などを理由に、保守派の中に安倍元首相を批判する連中が出て来る。

保守派政治家安倍晋三は村山談話を批判しても、内閣総理大臣安倍晋三は村山談話を安易に批判できない。
だから継承しつつ現状より悪くならない方策をとった。

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 一方で安倍氏は、村山談話を外交の現場で使用しないよう外務省に指示。政府答弁書では村山談話に出てくる「先の大戦」「あの戦争」の表記について、「その時期など具体的に断定することはできない」とあいまいさを指摘し、談話の「骨抜き」を図ってもいた。
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これは今だから話せることなのだろう。
表向きは継承しつつ、裏では形骸化を図る。

保守派に必要なのは、こういう技ではないだろうか。


自分の本職はプログラマで、古いプログラムを新しい手法で作りかえる仕事をよくやる。

古いプログラムは大抵の場合抜本的な見直しは行われたことがなく、長い年月の間に機能が継ぎ足された結果、使い勝手がすこぶる悪いものになっている。そして新しい手法で作り変えれば、今まで抱えていた様々な問題が一挙に解決することがわかっている場合が多い。

しかし実際にはいきなり新しい手法で作り変えることはしない。それは従来の機能では使いにくいと知りつつも、それに慣れてしまっているユーザーがいるから。新しい機能の方がいいと言われても、慣れたやり方を止めることには誰もが抵抗を示すものだ。

そこで最初は、表面上従来の機能を踏襲しながら中身は新しい手法で実装する。同時に新しい機能も提供してユーザーをそちらに誘導する。そして徐々に従来の機能を陳腐化させて見せ、ユーザーの大半が新しい機能に慣れた頃を見計らって、従来の機能を終了させる。

こういう手法の格好の例がWindowsに残るDOS窓だ。かつて主要なOSだったMS-DOSをいきなり終了させず、Windowsの一機能として残しながら徐々にメインストリームから外していった。今やDOS窓をメインに使う人は少数派だろう。

しかしこういう移行作業は辛い作業で時間もかかるもの。従来の機能を100%踏襲しなければ「今までと違う」と文句が来る一方で、新しい機能を打ち出していかないと「昔のまま」と不満があがる。作業している身からは「勝手なこと言いやがって」と愚痴りたくもなる。


新しい手法で新しい機能を最初から打ち出せればナンボか楽か

しかし物事の継続性を無視できない限り劇的には変えられない



こういうこともあって、左右両方から挟撃され、移行作業の道半ばで挫折した安倍氏の苦労を察せられるのである。
posted by かせっち at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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