2008年08月05日

負け企業のパターン・その2

イノベーションのジレンマに襲われるニュースメディア(日経IT PLUS・ガ島流ネット社会学)

「イノベーションのジレンマ」をメディアに適用する言説がようやくメディア側(正確にはアウトサイダーだが)から出てきたか、と思ったのだが…

(記事より)
 一方で、性能や品質をより高め、利益率の高い部分に特化して生き残る方法もある。ネットの未来を予測した動画「EPIC2014」では、ニューヨークタイムズがオンラインへの記事提供を廃止して、老人や裕福層向けに紙のみを提供するという結末が関係者に衝撃を与えたが、これはある意味で悪くない選択だ。

 インターネットのメーンユーザーである30代に比べて、新聞のターゲットユーザーである団塊世代以上は収入や資産が大きい。人口が減っている若者に比べてパイが大きいとも言える。

 また、紙は印刷が必要で、ネットに比べて参入障壁が高い。ネットインフラの整備率や生活への浸透度は地域によって異なるため、「破壊的技術」のインパクトはまだらになる。時間稼ぎは十分に可能だ。少なくともコストが見合わず、組織変更も伴うウェブの世界で争うよりは合理的だ(だからジレンマが生じる。もちろん企業にとってチャレンジしなければ「死」あるのみなのだが…)。


新聞の採る道はやっぱり「負け企業の戦略」ですか…


まず団塊の世代以上の人口は減ることはあっても、増えることは決してない。藤代氏は若者の人口が減っていると指摘するが、それでも子供が生まれることで若年人口は補充される余地があるのに対し、団塊の世代以上は寿命を迎えて減る方向にしか向かわない。

新聞がターゲットとする団塊の世代以上の人口が縮小するなら、その減った分を下の世代から補充するしかない。しかし下の世代になるほど新聞よりもネットから情報を得る。ネットで情報を得ていた彼らが、年を取ったから新聞を読むようになるとは到底思えない。

藤代氏はネットのメインユーザーを30代というが、20年もすれば彼らも今の団塊の世代の年齢に近づくのである。その一方で団塊の世代は80代になり、いよいよ寿命が現実味を帯びる。


つまりネットユーザーを取り込むことなく

団塊の世代以上をターゲットにする戦略は

20年後にしぼむ市場を相手にしているのである

これを「雪隠詰め」と言わずして何と言おう



もちろん、しぼむ市場に合わせて事業規模を縮小し、新聞事業を継続する策もある。しかしその場合、新聞社は今までのような経営はできなくなる。

藤代氏が指摘するように、参入障壁として新聞社を守っていた「紙への印刷」が、規模縮小と共にコストとして経営を圧迫する。また多くの新聞記者を高額な報酬で囲い込むこともできなくなる。それは記事の質の低下につながり、更なる新聞離れを引き起こす。

かくして新聞社に残されるのは、今までとは比べ物にならないくらい小さな規模での記事の発行と、それに比して小さな規模の購読者である。このような状態になったとき、新聞が世論に与える影響は今までのように巨大ではあり得ないだろう。

車に例えれば、超高級スポーツカーを少量生産するフェラーリのような会社も需要がある限り存在できる。しかしフェラーリにトヨタのような生産能力はなく、結局のところフェラーリが自動車業界に与える影響はトヨタに比べれば限定的だ。


「EPIC2014」が示唆した新聞の未来は

新聞がフェラーリのような存在に

追いやられてしまうことを意味する



世論に影響を与えることを旨としてきた新聞社が、世論に対して脆弱な影響しか与え得ないとしたら、言論機関としてどんな存在意義があるのだろうか?


参考:
負け企業のパターン(本ブログ記事)
クリステンセン三部作(本ブログ記事)…「イノベーションのジレンマ」シリーズの書評
posted by かせっち at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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