2012年04月29日

武装解除

全国のダメ人間の同士諸君!

我が戦線においては、誠に遺憾ながら

鉄壁の要塞を開城することを決断した

同士諸君に置かれては、耐えて冬を待て!
posted by かせっち at 21:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 踊るダメ人間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

リアリティの欠如

枝野氏=ロベスピエール説に関する雑考(国を憂い、われとわが身を甘やかすの記)

「私はロベスピエールになりたくない」と、原発再稼働に傾いた枝野氏のお話。

(記事より)
 で、先日私宛てに献本が届いたので哲学者、適菜収氏の「ニーチェの警鐘 日本を蝕む『B層』の害毒」という新刊をたまたま読んでいたのですが、その中で適菜氏は《アレントは、革命家がリアリティーに対して無感覚になり、「教義や歴史の進路や革命それ自体の大義のため」に人々を犠牲にしたのは、「同情」「感傷の際限のなさ」に原因があると言います》と書き、アレントのこんな言葉を引用しています。

 《ロベスピエールの哀れみに支えられた徳が、彼の支配の最初から、いかに裁判をむちゃくちゃにし、法を無視したかを想い出すことができる》(「革命について」)

<略>

 私自身は、政治家にどこまでも現実、リアリティーに立脚してほしいし、理想を持つのは当然として現実的手腕を発揮してほしいと考えますが、あの菅氏が自身を繰り返し「リアリスト」と自称していることを思うとそれもあてにならないかもしれません。


まぁ、民主党にリアリティの欠片もないことは

あのマニフェストから明らかだったですけどね
posted by かせっち at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治(民主党) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

公私の分離

「民族的に違いがある」――ビジネスSNSの普及を阻む“日本的な事情”、専門家に聞く(ITmedia)

FacebookやmixiといったSNSは日本でも流行っている一方で、SNSをビジネスに活用するとなったとき、日本特有の事情が普及を阻むというお話。

(エントリより)
 「日本と海外では、人間関係に対する考え方に“民族的な違い”がある」(谷口さん)。LinkedInの海外ユーザーの多くが「ビジネス」と「プライベート」を分けて人間関係を考えるのに対し、日本人にはSNS上でも人間関係をひとまとめにして考えるタイプの人が多いという。

 「例えば、出張などで海外に行った日本人が外国人と名刺交換をして、その後いきなりFacebookで友達申請をしたとしたら『こいつは頭がおかしいのか』と思われてしまう。海外にはそれくらいドライな人間関係観がある」

 一方、「日本人は“プライベートとビジネスを分けるなどもってのほか”というウエットな文化がすごく強い」と谷口さん。その結果「いろいろな人が集まるパーティーのような場」であるFacebookに、全ての人間関係が集中してしまうことになるという。


「プライベートとビジネスを分けない」というのが日本の文化だとすると、プライベートの書き込みはビジネスに影響を与えるリスクを伴う。そのリスクを回避するにはプライベートとビジネスを切り離すことであり、その一手段が「匿名での書き込み」となる。

この辺りが日本で匿名掲示板が流行る理由ではないだろうか。
posted by かせっち at 21:31| Comment(2) | TrackBack(0) | ブログ&ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

[図解]シリーズの改訂

過去の経済(メモ)カテゴリの[図解]シリーズについて、図を改訂し、それに合わせて内容を一部修正しました。

参考:
[図解]マクロ経済(当ブログ記事)
[図解]GDPと貯蓄(当ブログ記事)
[図解]景気拡大(当ブログ記事)
[図解]バブル景気と崩壊(当ブログ記事)
posted by かせっち at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月12日

外部経済と内部経済

ついに敵の工作活動マニュアルを入手−【私の論評】工作員の真意が読み取れる!! 今のマスコミはこう読み解け!!(Funny Restaurant 犬とレストランとイタリア料理)

工作活動マニュアル云々はともかく、このブログで興味を引いたのは「外部経済と内部経済」のくだり。自分が考えていた事を見事に述べている。

(エントリより)
ミクロ経済学の典型の、企業では、企業内部の経済と、企業外部の経済が存在しており、経費として使ってしまったお金は企業内部から消えてしまいます。従業員を解雇すると、経済的には、解雇した従業員は、会社とは関係ない存在になり、その後、その従業員の給料に相当するお金は、企業内部に留保されることになります。

しかし、マクロ経済の見方では、これとは、相当様相が異なります。内部経済とともに、外部経済が存在します。国が、国民などから、お金を500兆円借りたとします。公共投資などで使ったとします。そうすると、それは、国以外の外部経済である、公共投資を請け負った企業群にわたります。企業群は、それらで、他の企業群に、原材料費を支払い、従業員の賃金を支払います。従業員は、日々生活つしたりするために、賃金を消費にまわしたりします。こうして、経済活動が行われるわけです。そうして、経済活動が盛んに行われれば、これらのお金が、消費税とか、所得税となり、政府にもどってきます。公共投資を500兆円が消えてしまうわけではありません。

この違いお分かりになるでしょうか?企業の場合、外部経済は企業にとっては、経済的にはないのも同じですから、一度使ってしまった、お金はそのまま企業から消え去ると考えて良いのです。また、従業員を解雇してしまえば、その従業員は、外部経済に移行してしまったので、企業にとってはないのも同じであり考える必要もありません。

しかし、国は、違うということです。一度、政府が借りたお金を公共投資などで使ったとしても、お金は、この世から消えて去るというわけではありません。その後企業や、家庭をまわり、また、税収としてもどってくるということです。まさに、お金は天下の周りものというわけです。このお金の周り方に問題があると、景気が良いとか、悪いとか、デフレとか、インフレということになるわけです。お金が、正常に回っていれば、問題がないのですが、正常な状況より、出回っていなければ、デフレ、過剰に出回っていればインフレということです。

ただし、別の局面もあります。企業が、従業員を解雇したとすると、その従業員は、外部経済に移行したのでは、企業とは、直接は関係はなくなります。しかし、政府の場合、企業の従業員に相当する、公務員を大量に解雇したとします。そうすると、その公務員が、すぐに就職できるほど、経済が安定していれば良いのですが、経済的が停滞していて、もと公務員がなかなか就職で着ないような場合は、何らかの形で、雇用対策を行わなければならなくなります。こんなことは、企業ではあり得ません。だから、マクロ経済と、ミクロ経済では、見方が全く異なるということです。
posted by かせっち at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

挫折

「A-class」の不運と誤算(日経 Tech-On!)

(記事より)
 少し旧聞に属する話題ですが、2012年3月に開催された「ジュネーブモーターショー」で驚いた車両があります。それが、ドイツDaimler社が全面改良するMercedes-Benzブランドの小型車「A-class」(Tech-On!関連記事)。今回で3代目になりますが、最大の特徴である「サンドイッチ構造」をなくしました。その姿に、私は少し寂しさを覚えました。

 サンドイッチ構造とは、車両の床下に空間を設けた構造のことです。表向きの狙いは、前面衝突の際にエンジンを床下に潜り込ませるようにして安全性を高めること。その裏でDaimler社は、将来の電気自動車(EV)などへの派生車を想定して電池を置く空間に使うことを見据えていました。


そういえば、自動車評論家の徳大寺有恒氏が初代A-classのサンドイッチ構造をべた褒めしていたなぁ…
posted by かせっち at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | クルマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

黄銅鉱

松下政経塾はもういらない
日本を混迷に導いた壮大な「幻想」と小粒政治家たち(JBpress)


民主党に多く棲息する松下政経塾出身者。彼らの放つ光を見た多くの有権者は黄金と信じたが、彼らの正体は「愚者の金」黄銅鉱に過ぎなかったというお話。

(記事より)
 筆者が政経塾について取材を始めたのは、今から13年前の99年のことだった。当時、塾出身の国会議員は15人で、世の関心も現在ほど高くなかった。

 取材のきっかけは、政経塾という不思議な存在に興味を抱いたからだ。「政治家養成機関」など、世界を見渡しても類を見ないのである。また、政治家を親に持つわけでもない、ごく平凡な家庭に生まれ育った若者たちが政経塾を経て続々と国会議員になっていることも、興味を持った大きな理由だ。

 そして今年2月には、取材の蓄積を『襤褸(らんる)の旗 松下政経塾の研究』(飛鳥新社)という書籍にまとめた。塾出身者たちが歩んだ人生を追いながら、政経塾の功罪について問うたルポルタージュである。

 一見、大成功を収めた政経塾だが、同塾出身の政治家に対する風当たりは強い。最近では「政経塾が日本を悪くしている」といった声まで聞かれるほどだ。なぜ、政経塾は嫌われるのか。その歴史を振り返りつつ考えてみたい。
posted by かせっち at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治(民主党) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月07日

アニメ版『蟲師』

蟲師 二十六譚 DVD Complete BOX(amazon)
蟲師〜連綴〜 二〇〇四〇七〇九−二〇〇六〇八〇八(amazon)

日本の昔話や『遠野物語』のような雰囲気と世界観を持った、妖怪奇譚の名作漫画『蟲師』(漆原友紀・原作)。このアニメシリーズのDVD BOXと、アニメ版の監督・長濱博史によるメーキング本『〜連綴〜』を合わせて購入。

最近では漫画のアニメ化や映画化が普通になったが、「原作レイプ」と呼ばれるほどに改悪されてしまうことも珍しくない。しかし監督の長濱氏はアニメ化にあたり、原作漫画のもつ独特の空気感をアニメで再現することに腐心したという。

(『〜連綴〜』「新番組アニメーション企画書」より)
『蟲師』をアニメーションにするにあたって、まず自分は「この作品独特の空気感を表現したい」と考えています。

 原作にはふんだんに盛り込まれていながら漫画のコマの中に収まり切らないモノ、「空気」。その「空気」の濃さ薄さ、温度や匂いなどを表現できなければ、漫画以外の媒体に連れ出すことなど無意味だ、と感じました。


そこでアニメの制作では原作者の漆原氏にチェックに入ってもらっていたという。単に漆原氏に確認をもらうだけでなく、「原作のこの場面の時間帯がわかりづらい」「原作のこの扉は押し戸か?引き戸か?」というように、漆原氏に逆質問を浴びせることもあったとか。

このように、アニメ制作に原作者が深く関わった結果、「原作と同じ雰囲気を保ったまま、深みを何倍にも増したものとなっていた」(原作者・漆原氏)という。エンディング・テロップに「Thanks 漆原友紀」とある理由もここにある。

ところで、アニメ版『蟲師』は海外でも放映されており、海外の人の反響が幾つかネットにアップされている。あまりに日本的なストーリーで、日本人の琴線に触れる『蟲師』は海外の人にはどのように映るのか、興味のある方は以下をどうぞ。

かいがいの カテゴリ「蟲師」
[蟲師空間] 外国の友達、蟲師を観る
posted by かせっち at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ&映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

Master of Puppets

幕末の勝と平成の勝(日比野庵 本館)
財務省元次官 「増税でパラダイスという今の雰囲気は異常」(NEWSポストセブン)

政官報の増税シフトの裏には人形遣いがいるという話。

(記事より)
 永田町や霞が関を取材すると、どうも今の政権幹部や大新聞記者だけが、必要以上に「財務省神話」を信奉して、財務省がいうから、“大物次官”といわれる勝栄二郎が「やる」といっているから、と過剰に反応して「増税しかない、必ず上げる」と目を血走らせているように見えるのである。


posted by かせっち at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

インフレ/デフレの定義

反TPPで有名になった中野剛志・京大大学院准教授の著書『レジーム・チェンジ』を読む。

90年代以降の経済政策は意図的にデフレを誘発させる「デフレ・レジーム」に基づいていた。しかし本来インフレに対処するためのデフレ・レジームを、デフレの経済状況において適用してしまった日本は、この20年の間デフレの泥沼から抜けられないでいる。デフレ脱却のために、今こそインフレを誘発させる「インフレ・レジーム」に転換すべきである…というのが本書の趣旨。

デフレ・レジームを説明するためには、まずデフレそのものを定義する必要がある。一般的には「物価の継続的な下落」と解釈されるデフレについて、中野氏はこの本の中で以下のように定義している。

(本書p.41より)
 したがって、デフレの問題を考える際には、それを単なる物価の継続的な下落という現象面でとらえるだけなく、むしろ、「需要不足/供給過剰」の状態が継続的に続いているという実体面をより重視した方がよいと思います。


需要が不足し、供給が過剰になれば市場原理で物価は下がる。結局は同じことではないか、と思ったらさにあらず。「物価の継続的な下落」という定義では、コストプッシュ・インフレがデフレ圧力になることを説明できないのである。

コストプッシュ・インフレとは、原材料価格の高騰によって物価が上昇すること。物価の上下でインフレ/デフレを定義するならコストプッシュはインフレになるが、物価の上昇によっては人々の購買行動、即ち需要は落ち込むので、デフレ圧力になるのである。

この差異は何か?

ここからは自分の独自解釈だが、本来物価とは生産者と消費者の間の取引の結果で決まるものだが、コストプッシュによる物価上昇は生産者と消費者の取引の結果ではないからだ。そして生産者と消費者の市場では上昇した物価に見あう需要に移動する、というわけである。

このように、物価の上下が需給バランスを正しく反映しないことがあるため、インフレ/デフレの定義は物価の上下ではなく、中野氏が主張する需要と供給に基づいた定義の方が実体に即しているように考えられる。

ちなみにだが、コストプッシュインフレの要因には増税も含まれる。もしデフレの定義が物価の下落なら、税金を爆上げして意図的にコストプッシュインフレを起こせば、物価は上昇してデフレは解消されるはずである。

しかし、そんなことすれば消費は確実に落ち込んでデフレになる。現在取りざたされている消費税増税がデフレ時にやる話ではない、という根拠もここにある。


物価とは需要と供給のバランスの「結果」である

「結果」を以て「原因」を操作することはできない



参考:
『レジーム・チェンジ』(中野剛志/NHK出版新書)
posted by かせっち at 22:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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