2009年06月29日

クレーム・データ・ワラント

[コミュニケーション編]クレームを攻撃してはいけない(日経ITpro)

(エントリより)
 我々日本人は欧米人に比べて,一般的に議論が下手だと言われる。日本人は議論をする場合に,論証責任を果たしていない場合が多いからだ。それどころか,相手のクレーム(主張)に対して攻撃し,自分のクレーム(主張)を延々と述べる傾向にあるからだ。

 ここで言う議論とは,相手のクレーム(主張)を攻撃するのではなく,提示されたデータ(事実)やワラント(根拠)に対して,その論理性,信ぴょう性を争うものなのだ。そのような議論であれば,水掛け論になることはない。データ(事実)やワラント(根拠)が無い,もしくは弱いクレーム(主張)は,しっかりとした三角形を構成するクレームに対して非常にもろく,どんなに大きな声でクレームを掲げようとも,それを押し通すことは困難だからだ。そのことは,クレームを掲げている本人が一番痛感することとなる。

 納得いかないクレーム(主張)に対しては,徹底的にデータ(事実)とワラント(根拠)について議論を行うべきなのだ。そうすることによって,自分のデータ(事実)とワラント(根拠)が相手のそれよりも優れていれば相手を論理的に納得させることができるし,そうでなければ相手のクレーム(主張)が正しいと気がつくのである。「相手を説得するのではなく,論理的に納得させる」である。

 PMはプロジェクトの中でコミュニケーションの中心にいる。従って,多くの場面で意見の相違に直面する。そのような場合に,相手のクレームそのものを攻撃してはいけない。クレームの攻撃合戦は,お互いの感情論に発展し水掛け論で終わるからだ。


逆に言えば、相手のクレームを論破するには、そのデータとワラントを崩せばよい。そしてこれは新聞記事をデータで論破する三橋氏の手法と同じなのである。
posted by かせっち at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ&ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

恣意的な式変形

プライマリーバランス黒字化は手段に過ぎない!(廣宮孝信の反「国家破産」論 ブログ)

竹中平蔵氏の自論「プライマリーバランスの黒字化」の理論的背景の説明。詳細はリンク先を見て欲しいが、まず式Eが不等式がg≦rになっているのはr≦gが正しい。まぁこれは誤植だろうから大した話ではない。(追記:g≧rに修正されました)


それよりも竹中よ

式Cと式Dの間にある

PB=0の必然性は何だ?



ブログでブログ主(というよりも竹中氏自身)が説明しているように、公的債務のGDP比(D1/Y1)を前年度(D0/Y0)より小さくすることがそもそもの目的。だとすると、プライマリーバランスの均衡(PB=0)という条件を持ち込む前にやるべきことは、下記の不等式を検証することである。


D1/Y1≦D0/Y0


これに式@と式Aを代入して整理すると、以下の不等式が成立する。


r+(PB/D0)≦g


この式でプライマリーバランスが均衡すれば(PB=0)竹中氏の言う式Eに一致するのだが、別にプライマリーバランスが均衡しなくても上の式が成り立ってしまえば、公的債務のGDP比が前年度より増えることはなくなるので、本来の目的を達していることになる。

また、プライマリーバランスの均衡によって(PB/D0)が消えるということは、上記の不等式を成立させるように公的債務の金利rの操作するだけで、公的債務のGDP比の拡大を防げることになる。これは金融政策万能主義者が好みそうな話ではある。


とはいえ

この不等式を見ればブログ主が言う通り

プライマリーバランスの黒字化は

公的債務のGDP比の拡大を抑える

一手段でしかないことがわかる



参考:
「節約」から「成長」へ その1(全3回)(新世紀のビッグブラザーへ blog)
「節約」から「成長」へ その2(全3回)(新世紀のビッグブラザーへ blog)
「節約」から「成長」へ その3(全3回)(新世紀のビッグブラザーへ blog)
posted by かせっち at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(メモ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

応酬

オーマイニュースについて小田光康氏からの質問(CNET Japanブログ・佐々木俊尚 ジャーナリストの視点)

オーマイニュースを振り返るイベントについてコメントを求められた佐々木俊尚氏に対し、イベントに参加した元編集部の小田光康氏が質問を投げかけた。まぁ、どうでもいい話なのだが…(苦笑)

(エントリより)
 PJニュースの小田光康氏からオーマイニュースに関しての取材依頼を受けた。オーマイニュースは「市民メディア」をうたったウェブサイトだったが、今年4月に終了し、ウェブサイトもすでに閉鎖されている。ところが閉鎖後から急に関係者があれこれと発言するようになり、たとえば5月に開かれた「No more! OhmyNews 〜オーマイニュース消滅記念!(元)編集部発・最後の炎上大会〜」というふざけた名称のイベントでは、「どちらかというと反日的な人が集まってしまった。そのうちに反編集部的な言論につながり、大変ストレスフルな毎日だった」などと元編集長が発言している。

 私は記者失格だった=オーマイニュース元社員が考える「ダメだった理由」とか過保護な姿勢が“報道”を自己否定した=誰がオーマイニュースを殺したかとか編集部員に食い物にされた「オーマイニュース」とか、なんとも百花繚乱である。百花繚乱という言葉が的確なのかどうかは置いておくとしても。

 そういう状況の中で、旧知のオーマイニュース市民記者だった人からこれらのオーマイニュース騒動についてコメントの依頼を受けた。それがこのオーマイニュース元関係者 25日に「最後の炎上」開催という記事で、アメーバニュースに掲載されている。

 この記事の中での私のコメントに対して、小田氏は質問を投げてきている。なおこの取材は対面や電話ではなく、メールでのやりとりである。以下、小田氏の許可を得たうえで一問一答を掲載しておく。


参考:
懺悔(当ブログ記事)
述懐(当ブログ記事)
撤収(当ブログ記事)
引導(当ブログ記事)
時代(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金を貰わない高価なサービス

日本だからね、ここは。(ぐっちーさんの金持ちまっしぐら)

株主総会が集中する中(笑)、外国人投資家と企業訪問をしているぐっちーさん。外国人投資家に映った日本企業の姿は?

(エントリより)
所で、彼らは世界中の製造業を見て回っているのですが、とにかく関心しているのが工場で働いているそのラインの人たちの効率の良さと真面目さ。当日欠勤率が3%以下と聞いてのけぞっていた(ほとんどゼロというところもある)けど、日本人的には普通だろと思いますけど、世界標準ではそうでもない、ということですね。

なるほど。 それから、おそらくプリウスのような複雑かつ新しい仕組みの車は日本にしか作れないだろう、と彼らは考えているのだそうです。

というよりプリウスが日本製じゃなかったらあんなに売れなかった筈だ、というんですね。日本製だから大丈夫だろ、ってことでアメリカでどんどん売れた、と断言してました。この信用力は宝ですな。

さらに、最近評判の悪い百貨店ですが、丁寧な応対と洗練した接客、きれいなパッケージング技術(海外ではだいたい別料金)で感激していましたね。 昔の三越の話(売り場で売り子がだべっていたらクビになったんだよ)という話をしたら、絶句してました。

さすがに今の子達にそれは要求できないんですけどね、日本の接客はすごい、といういい見本になります。一人はIPod 聞きながら接客するやつがいない、と感激してましたけど、感激するところが間違ってる(笑)。

ということで、日本は遅れてる、とかもうだめだ、とかなんとかいうんだけど、こういう話に限っていうと日本標準>世界標準 ということです。

アエラセミナーではしゃべらなかたんですが、こういう日本で普通にあるサービスは世界的には別料金、つまりGDPにカウントされるんですよ。こういうものが金額にカウントされない国で一人あたりGDPが低いからだめだ、とか言うのは基本的に間違ってるんじゃないか、と彼らは言ってました。アグリーですね。


「日本のサービス業は全くダメだ」と言われる一方で、日本のサービスを直に触れた外国人からは絶賛されるという話は良く聞く。そのギャップはどこにあるのか不思議に思っていたのだが、上記のような理由が一端にありそうだ。
posted by かせっち at 21:10| Comment(3) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

合意の捏造

『メディアとプロパガンダ』で、世論なんてちょろい
〜彼らが政府・企業と結託する理由(日経ビジネスオンライン)


メディアが権力に追従し、プロパガンダに加担する様を批判した『メディアとプロパガンダ』(ノーム・チョムスキー/青土社)の書評。

(記事より)
 チョムスキーは、メディアによる情報選別と話題の強調、議論の範囲の限定を「思想統制」と呼び、民主主義社会と矛盾しないと考えている。なぜならメディアの役割は、「合意の捏造」に向けた結託を政府や企業と行い、互いの利益に供することにあるからだ。

 このような考えは、陰謀論に聞こえなくもない。だが、チョムスキーはメディアの頭目と政府要人が一室に集まって、論調の足並みを揃えているなどと言ってはいない。

 評者が思うに、「思想統制」とは、市場原理に基づく経営、資本家や広告主への配慮、政府や企業にニュースソースを依拠するといったメディアの特質が自然に産生したもので、チョムスキーはそうした暗黙のうちに生まれた制度がもたらす事実を指摘しているに過ぎない。

 メディア批判をテーマにしたドキュメンタリー映画「チョムスキーとメディア」の中で、チョムスキーは「デカルト的良識を信じる」と答え、「民衆にはペテンを見抜く能力はあるが、それには努力が要る」と話している。
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2009年06月20日

意外な成果

ロハス真理党。(大日本セキュリティ総合研究所)

悪名高い政党の意外な成果について。

(エントリより)
70年以上も前、ヨーロッパにこんな政党があった事を皆さんご存知でしょうか?

・国民のガン検診を徹底させた。
・健康の為にスポーツを推進した。
・党首は菜食主義者で、国民にも肉食を控えるように指導。実際、最盛期には食肉消費が一割も落ちた。
・有機農業を後押しし、発がん性のある農薬を徹底的に排除した。
・刑務所の服役者にも、有機栽培で育てたハチミツを生産させた。
・食品着色料や食品の漂白、防腐剤の使用を禁止した。
・反タバコ・反アルコール政策を推進した。ビールよりもりんごジュースを飲むよう薦めた。
・党員が経営するパン屋は栄養価が高く、繊維質たっぷりの全粒粉でパンを作るように義務付けた。
・アスベストの発がん性を指摘し禁止した。他にも、労働現場で使われる発ガン物質やX線被爆の問題を指摘し、労働環境を改善すべく努めた。

70年も前にこんなに健康面を気づかい、党員の一部には今で言う環境問題を重要視するエコロジストもいたというのだから、素晴らしく先進的ですね。「そんな政党があったなんて、初耳だ!」という方もいるかもしれません。

ただ、この政党の名前は皆さんも知っているのです。

その政党の名は国家社会主義ドイツ労働者党、つまりナチス・ドイツです。
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2009年06月19日

戦争を理解すること

なぜハーバード大学は「戦争学」を教えているのか?(リアリズムと防衛を学ぶ)

ハーバードをはじめとする有名大学で戦争学を教える欧米と、それを忌避する日本。

(エントリより)
 欧米の大学で戦争の研究が盛んになったのは、世界大戦を反省したからです。人類史上初の「世界大戦」を経験し、二度目の世界大戦でも主戦場となったヨーロッパ諸国は、なぜこんな悲惨な戦争が発生したのかを必死で解明しようとしました。二度と世界大戦を起こさないためです。平和を守るために、戦争を研究したのです。

 これは、健康を守るために病気を研究するようなもので、道理に適っています。

 健康を守るためには、病気を研究してその原因を探る必要があります。それによってワクチンを開発したり、予防接種を発明したりして、人類は病気を防ぎ健康を増進してきました。

 戦争の研究も同じです。平和を守るためには戦争を詳しく調べ、原因をつきとめ、対策をたてる必要があります。そのために戦争を研究する学問が必要なのです。

<略>

 日本の大学で「戦争学」の講座を持っているところはありません。東京大学で枡添要一教授(当時)が「戦争学」の開講を提言したことがありますが、大学に拒否されたそうです。東大とハーバード大学とはまったく対称的な態度です。

 他の一般大学を見ても、「平和学」「平和研究」「軍縮論」といった講座はあっても、「軍事学」「戦争研究」などの講座はどこにもありません。せいぜいが80年代以降に「安全保障論」という講座を設けている程度です。ハーバード大学やそのほかの海外有名校のように、さまざまな角度から深く軍事について学べる講座は決して設置していません。

 これは戦後の平和主義によるものです。戦争を忌避するあまり、戦争を研究することさえ海外の常識を無視して拒否しています。

 しかしこれは、病気になりたくないからといって病気の研究を一切止めてしまうようなものです。それでは薬も作れないし、どうすれば感染を防げるのかも分かりません。病気や衛生の常識のない人は、古代人のように迷信に頼ったり、怪しげな民間療法にハマってしまったりして、かえって病気を悪化させてしまいます。
posted by かせっち at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事・国防 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

方向性

3年前の再現。(よねの備忘録)

(エントリより)
対アジアと対世界とでは、戦術を改めなくてはいけません。

1.高い位置でボールを取るハイ・プレス
   =ディフェンスラインとの距離が開いて、
    中盤(特にサイド)に穴が開く。
2.中央でパス回しを行なう。
   =フィジカルや詰めの強い相手には無理。
    結局、ボールを後ろに戻す。
3.いつも一定のテンポでサッカーをやる
   =前回と同様、後半でスタミナ切れ。

このままだと3連敗で予選敗退でしょう。


この戦術を完璧に遂行したチームがある。国内リーグ戦、国内カップ戦、そしてUEFAチャンピオンズリーグの三冠を制覇したFCバルセロナである。


Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2009年 6/18号
Number PLUS 2009 July―Sports Graphic

前者は日本代表を中心に取り上げ、後者はバルサの三冠達成特集号である。興味深いのは、前者において目の肥えた外国人記者から酷評される日本代表のポゼッション・サッカーが、後者ではバルサの三冠達成の原動力であることだ。

要はポゼッション・サッカーが問題なのではなく、ポゼッション・サッカー、いやカウンター・サッカーでもいい、組織戦術を高い精度で貫徹できることが重要。バルサの選手はそれができていて、日本代表にはやりきれてないということ。

バルサの選手がそれができるのは、世界屈指の選手が集まるということもあるが、下部組織からトップチームまで一貫して同じ組織戦術を取り、外から加入した選手もその戦術に従うことが求められるからだろう(エトーもアンリもチェイシングするのだから)。

日本代表がアジアと世界とで戦術を変えるのも現状では仕方がないが、いつまでもそれでは短期的には勝てても、長期的には強くはならない。特に監督が変わるたびにコロコロ戦術が変わることの愚は、レアル・マドリードの迷走を見れば明らかだ。

ポゼッションでもカウンターでもいい、重要なのは日本はどういうサッカーを目指すのかを決めること。その方針に基づいて子供の世代から育成すること。そしてJリーグのチームにも戦術を採用させるように仕向けること。

もちろん一朝一夕には結実しない。W杯で惨敗する時期も続くかもしれない。しかし現在のバルサの戦術の方向性を作り上げたヨハン・クライフですら、それを結実させるのに3シーズン掛かっているのだ。


参考:
しょせん予選の順位(あるぱか、ネタの種)
posted by かせっち at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悪癖の由来

気づくこと。気づかせること。(part118スレ)(日本びいきの外人を見るとなんか和むスレのまとめ)

日本で働く中国人留学生が母国で染み付いた悪癖を無くして行く。

(エントリより)
415 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2009/04/24(金) 00:21:36 (p)ID:YVsftQRE(2)
俺の会社は社長がOBの大学にいる外国人留学生を常に2人アルバイトとして雇ってる
販売系の会社なんだけど一緒に働いている中国人留学生2人にちょっと和んだ。

1人は日本にきて丸2年経つ大学3年生のA、
一人は日本にきたばかりの1年生のB

まずAなんだけど
Aが日本に来たばかりの時は本当にステレオタイプな中国人だった。
嘘をつく、つばをところかまわず吐く、ミスを認めない、目を離すとすぐサボる。
顔がすごいえびす顔でお客さんが話しかけやすいみたいでよく話しかけられるだけに
もったいないなーと思ってみてた。
そんなAも1年経った頃には上にあげた欠点が殆どなくなってた。
飲み会があった時に「Aが1年前に来た時、どうしようかと思ったよ〜」
と冗談めいた口調で言ったら
ちょっと困った顔をしながら「あれはひどかったね〜」
と変なアクセントで可愛く言ってきたw
どういうことか聞いたら
@中国では皆見栄を張るために嘘をついてるから
嘘つかないと自分がとても小さな人間に見えてしまう
A日本では誰も唾を吐かないのをみて恥ずかしくなって止めた、
考えてみるとなんで吐いてたんだろう?と思ったらしい
B中国ではミスなんて認めたら大変なことになる、やってないことまで罪を被せられる。
 日本ではそんなことはないしミスを認めると人間関係がスムーズにいく
C中国では真面目に働くと「あいつ何真面目に働いちゃってんのww」
って言われたりするからサボってた
今じゃ凄い親切で接客したお客さんからお礼の手紙が届いたりするくらい腰が低く
物腰の柔らかい優秀な販売員。
お客さんからの礼状が嬉しくて涙を流したりするナイスガイ。それが現在のA


後半も必見。
posted by かせっち at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

税金が持つ意味

消費税(廣宮孝信の反「国家破産」論 ブログ)

政府の収入源以外の、税金が持つ意味について。

(エントリより)
所得税や法人税のような累進的な性質をもつ税目は、

景気が落ち込むと税収が大きく減って、景気の減速を緩和し、

景気が良くなると税収が大きく増えて、景気の過熱を抑制する効果が出ますが、

安定的な消費税にはあまりその効果が見込めません。

・国の借金そのものには何の問題もない(問題になるのは、国全体の外貨建て対外債務)


という大原則の下で、税金の存在意義を求めれば

・過度の景気変動を緩和するための安定化装置(スタビライザー)


以外にはないことになります。

となると、
この「景気の安定化装置」という観点からは
消費税の存在意義は極めて希薄になります。

が、

消費税は景気に左右されない安定財源である、

ゆえに、
社会保障の財源として消費税を増税することにより、
国民の社会保障に対する安心感が高まる

ゆえに、
病気や怪我、老後に備えて貯蓄する必要が小さくなる

ゆえに、
消費が盛り上がり、景気が良くなる

というような

多くの国民に安心感を与えることになる(かも知れない)効果が出てくる、ということは考えられます。

これはどちらかというと、経済的な効果よりは、心理学的な効果というべきものかと思います。

posted by かせっち at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「何でも反対」の蹉跌

国家100年の計か目先の小銭か(日比野案 本館)

麻生氏と鳩山氏による2回目の党首討論について。

(エントリより)
だけど、ただ一点気づいたことがある。それは、総理と鳩山党首とで、立ち位置というか見ている視点が違うのではないか、という点。どういう事かと言えば、先の4月9日に都内の日本記者クラブで「未来開拓戦略」を総理は提示したけれど、総理は先の先、格好いい言葉でいえば、国家100年の計を視野にいれた上で、今がどうあるべきかを考えているのに対して、鳩山党首は現在只今の状況をどうにかする、という視点の違いがあるのではないかということ。

もちろん、政権与党と野党というそもそもの立脚点の違いがあるから、鳩山党首としても政権交代の実現のために、今の与党には任せられないということを殊更にアピールするためにわざと今現在の問題しか取り上げていないという可能性はある。

だけど、そういうやり方は小政党のするべきことであって、政権を担おうとする政党であるのなら、政権与党と同じ立場で、国家100年の計を語ることができなきゃいけない。でないと国家を誤ってしまうし、国民が任せて良いのかどうかの判断ができない。それとも目先の小銭をちらつかせさえすれば、票が集まるとでも思っているのだろうか。


政府・与党の政策に対する「何でも反対」の民主党に国家100年の計などあるはずもない。仮にそのようなものがあるならば、民主党の掲げる主張や政策を論理展開すれば見えてくるはず。

しかし先日の日米同盟の話からもわかるように、民主党の今までの主張・政策をそのまま実行すれば、100年後の日本をとんでもない方向に連れて行くようにしか見えない。


参考:
日本版「盧武鉉の時代」(当ブログ記事)
二大政党制のあるべき姿(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治(民主党) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

政府が行うべき支出

良い支出、悪い支出(廣宮孝信の反「国家破産」論 ブログ)

有効な政府支出とは何か、という話。

(エントリより)
何から何まで面倒を見る、過度の福祉偏重の政府では、
人々のやる気を損ない、生産性が落ち過ぎてしまうのでダメです。

何もしない、ほったらかしの政府では、
本当に国にとって長期的に必要な「技術」が育たないので、これもダメです。

我々に必要なのは、

財政赤字を問題にしない、

しかし、
カネ使いがうまい、国民から努力とやる気を引き出し、国にとって本当に必要な技術を育てることのできる政府です。
posted by かせっち at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本版「盧武鉉の時代」

【危うい「友愛」外交】(1)米大物が警告した民主の「反米3点セット」(産経)

(記事より)
 「民主党が掲げる政策を一度にぶつけたら、米議会や政府は反米とみなすかもしれない。皆さんは注意されたほうがいい」。

 静かな室内に、「反米」という言葉が非常ベルのように響きわたった。昨年12月19日朝、東京都心の帝国ホテルの一室で開かれた民主党幹部と米知日派の国防・安全保障専門家の懇談でのことだ。

 民主党側の出席者は、鳩山由紀夫幹事長(当時、以下同)、菅直人代表代行に岡田克也、前原誠司両副代表を加えた4人。米側は民主党系のジョセフ・ナイ元国防次官補、ジョン・ハムレ米戦略国際問題研究所長(元国防副長官)の大物二人に、ブッシュ前共和党政権で対日政策を担当したマイケル・グリーン前国家安全保障会議アジア上級部長、ジム・ケリー元国務次官補も加わった。

 鳩山、菅らの顔をみすえるように、「反米警告」の口火を切ったナイは、イエローカードの代わりに三つの具体的問題を挙げた。

 (1)海上自衛隊のインド洋給油支援活動の即時停止(2)日米地位協定の見直し(3)沖縄海兵隊グアム移転と普天間飛行場移設を柱とする在日米軍再編計画の白紙撤回−。

 いずれも、民主党が最新政策集「政策INDEX2008」などを通じて政権公約に掲げてきたものだ。

 「反米とみなされないためには日米協力の全体像(トータル・パッケージ)を描いた上で個別の問題を論じたほうがよい」。出席者によると、ナイはそう強調した。口調は穏やかでも、反米警告に込められた疑問は明白だった。

 それは民主党政権になった場合の日米同盟の将来像がさっぱり見えないということだ。


政権交代が現実味を帯びてくる中、「何でも反対」の民主党のツケが回ってきた。普段から反米的言動を重ね、かつ公約に掲げれば、当のアメリカが民主党を反米政党と見なすのは当然のこと。


勿論本気でアメリカを敵に回す度胸があるなら別だが(笑)


(記事より)
 米側の心配は、鳩山新政権が「村山富市モデル」となるのか、もしくは「盧武鉉モデル」なのかが見極められないことだ。

 社会党委員長だった村山富市は首相就任後の国会で、自衛隊を合憲と認め、日米安保体制を堅持すると表明した。これまでの自衛隊違憲や日米安保反対の立場を一転させ、日米同盟を日本外交の基軸とすることを受け入れた。

 一方、故盧武鉉韓国大統領は就任後、大衆迎合型の反米左派色を徐々に強めた。危機感を抱いた米国は在韓米軍再編などを通じ、米韓同盟挫折という事態にも備えて米軍戦略や部隊配置を微妙にシフトさせた。


殊更「友愛」を掲げる鳩山氏には

故・盧武鉉氏と同じ「純粋な危うさ」を感じるのだ
posted by かせっち at 21:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治(民主党) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

嵌め込み

正しいバブルの創り方(Voice+・実は深刻!中国経済)

三橋貴明氏のVoice+でのWeb連載。欧米金融機関が最近中国経済を誉めそやすようになった背景とは?

(記事より)
 すなわち09年こそが、外資系金融機関が中国株式を「最も売り越す可能性が高い1年」になるわけだ。これまでは、そもそも保有する中国株を売却することができずにいたわけだが、それがようやく解禁になるのである。

 このタイミングで、ゴールドマン・サックスをはじめとする欧米の金融機関が、
「中国経済は絶好調! 中国経済は世界経済の救世主!」
 なる発言を繰り返す動機は、まことにもって分かりやすい。

 金融機関が「ある国」の経済を絶賛するときは、その国に投資をしたいときではない。「投資を引き揚げたい」ときなのである。本当にその国の株式に投資をしたいのであれば、黙って株式を買いあさり、目ぼしい株式の買い占めが終了した時点で、大声で買い煽りをするだろう。誰が考えても、普通に当たり前の話だ。

 「バブルが創られる」ときとは、ほとんどのケースで欧米金融機関が「売りたい」タイミングなのである。けっして、買いたいタイミングではないのだ。日本人は何度も痛い目を見たことであるから、せめて今後はそれを頭に叩き込んでおくようにしたいものだ。


いわゆる「嵌め込み」ってやつ?


参考:
株の嵌め込み(夢の降る街)
posted by かせっち at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

田原総一郎という人

田原総一朗氏が奇妙な北朝鮮迎合論――日本人拉致被害者の生存確認はあきらめろ、と?(ステージ風発)

先日も拉致被害者死亡発言をした田原総一郎氏が、北朝鮮に拉致被害者の生存確認を諦めとも受け取れる記事を朝日新聞に寄稿した件について。

(エントリより)
ジャーナリストの田原総一朗氏がなんとも奇妙な北朝鮮への迎合、宥和の主張を朝日新聞6月13日朝刊に寄稿の形で書いています。

日本は北朝鮮と核問題で二国間の交渉をすべきであり、その交渉のためには日本側は拉致被害者の生存確認にこだわるな、と主張しているらしいのです。「らしい」と書くのは、その趣旨の明確な記述がないからですが、点と点を結べば、確実にそういう意味になるからです。

<略>

この寄稿論文には以下のような見出しがついていました。

「世論を恐れる外務省」
「米にすべて委ねず」
「首相が非核化先導を」

この世論とは日本人拉致被害者の生存の確認をなお求める日本国民の世論のことです。田原氏はその世論を無視せよ、と主張するのです。
posted by かせっち at 21:03| Comment(2) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

偽善力

【軍事情勢】日本を蝕む「偽善力」格差(産経iza!)

(記事より)
 北朝鮮が5月に行ったとされる核実験の直後、フランスのジャンピエール・ラクロワ国連次席大使は「国連安全保障理事会は世界の平和と安全のため、脅威に立ち向かう責務がある」と、実験を非難した。「平和」は、日本人にとっても大好きな2文字だ。もっとも、そこから先は全く違う。周辺国に過剰な配慮をするわが国の場合「専守防衛」など、軍事常識では考えられない“国是もどき”に自己陶酔してしまう。だが現実には、国防の手足を自ら縛るこの種の愚行の数々が国民を危険に陥れている。一方、国益に向かい突き進む「普通の国」は他国の迷惑など顧みない。ただし、自国権益が脅かされる国外問題ではちゃっかり指導力を発揮するから、腹の黒さを隠すことができる。外国との「偽善力」格差は、日本の国力を蝕(むしば)み始めている。


「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」

…『戦争論』カール・フォン・クラウゼヴィッツ



参考:
戦争論(Wikipedia)
posted by かせっち at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事・国防 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

移民問題

イタリア政府、中国系移民の取締に軍隊を派遣―世界各地で中国人移民による治安破壊が深刻な問題に(朝鮮歴史館)

民主党の1000万人移民計画や、経団連の労働力としての移民受け入れなど、近年移民について議論が持ち上がっている。しかし移民受け入れで先行するヨーロッパでは、移民と受け入れ国民との間で深刻な軋轢が起こっている。

(エントリより)
どの国も、移民による混乱や環境の悪化など、歓迎しない。

中国人移民の最大の問題点は、成功した中国人移民が新たな中国人移民を奴隷労働力として引き入れることだ。そうして、現地の法令や環境保護、人権保護とかを無視して、産業秩序を破壊する。
不公正な競争力を持った中国人企業との競合によって、周囲の企業は経営が悪化し、現地の労働者の賃金も低下する。
連れてこられた中国人労働者もまた、大きな被害者だ。
彼らは大金を払って海外に来たにも関わらず、中国人企業家に囲い込まれて現地の言葉や習慣を身につけることも出来ないまま、奴隷労働者として搾取され続ける。
そのうちに、絶望した連中が犯罪者となって現地社会にも迷惑をかけ始める。

イタリア人も町のものを中国に持っていかれると誰が予想できたであろうか。ここに中国人の狡猾さがある。彼らは何年か工員として働いたあと独立し、経営者となるのだ。そしてイタリア人の元ボスを追い出しにかかる。気づいてみるとプラートの商工会議所に登録された中国人経営の企業数は1992年の212社から03年には1753社にまで増えていた。
それは細菌の増殖のようだった。
ことはそこで完結しない。最初は、衣料製造の工程の一部を中国に外注していたのが、今は全工程を中国に移しつつある。プラートには、00年には6000社ほどあった繊維会社が、05年の半ばまでに3000社を切っていた。この数字をみただけでも、中国がこの狡猾なやり方を弄して、世界をムチャクチャにしていることがわかるだろう。
posted by かせっち at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

JAPANデビュー

改めて、台湾のこと。(日々是チナヲチ。)

NHKの番組『JAPANデビュー』第1回放送では日本の台湾統治が取り上げられた。しかしインタビューを受けた台湾人をして「都合のいいところだけ切り取った」と言わしめる反日的内容は、日本の保守派のみならず台湾側からも偏向番組との批判が上がっている。

(エントリより)
 国益という点からいえば、日本はもっとアメとムチをチラつかせて、有形無形の強い圧力を台湾にかけるべきだと思います。台湾を絡めとろうとする中共政権の魔の手をぶった斬って、台湾を囲い込むくらいの気合いが必要です。

 それなのに、ああそれなのに。国営放送が「JAPANデビュー」とかいう番組で台湾に対する日本の統治のあり方について歪曲というより捏造&印象操作というべきツッコミ所満載の番組を放映してしまいました。

 放映後の事態の展開ぶりからすると、NHKは良い意味での「壮大なる釣り」を行ったというか、日本のために極上燃料を投下したようでもあり、中国に対する自爆テロを敢行したかのようでもあります。

 ありていは、どこのテレビ局だろうと新聞社だろうと、キティはいる、ということなのだと私は思います。キティ含有率で立ち位置が変わって来る訳で。NHKだって「激流中国」という、中国国内の良識派から喝采を浴びたシリーズものを制作したりしています。キティにできる芸当ではありません。

 今年の6月4日、すなわち天安門事件20周年に際しては、中国国内で視聴できるNHKのニュースが、「六四」に言及するなり真っ黒い画面に変わったということを、その映像つきで報じたりもしました。

 キティは、その持ち前の反日性向でもって番組を制作したに過ぎません。「会社」としては、中国(ていうか党中央宣伝部)からの「激流中国」に関するクレームや、もう独占ドキュメンタリーなんか作らせないようにするよ、などという既得権益への揺さぶりに屈したというところでしょう。


参考:
NHKの反日捏造番組「JAPANデビュー」に内外から抗議(マスコミ不信日記)
posted by かせっち at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

お願い部数(笑)

"押し紙"を叩け!(新世紀のビッグブラザーへ blog)
続 "押し紙"を叩け 前編(新世紀のビッグブラザーへ blog)
続 "押し紙"を叩け 後編(新世紀のビッグブラザーへ blog)

新聞社の押し紙問題について、三橋貴明氏が取り上げる。ちなみに今では「押し紙」とは呼ばず、「お願い部数」と呼ぶそうな(失笑)

(エントリより)
 さて、現在わたくしはマスメディアのビジネスモデル本「インターネット・メディア」の執筆に取り掛かったところですが、色々と調べていて一番驚愕したことは何だと思われますでしょうか。それは「新聞社⇒販売店」という商品(新聞)のフローにおいて、「発注書」が存在しないという衝撃の事実です!
 販売店は新聞社から新聞を卸してもらい、それにチラシを挟んで配達することで、購読者や企業からお金を貰うビジネスモデルなわけです。当然ながら、常識的に販売店から新聞社へ、商品(新聞)に関する発注書が発行されると思いますよね。ところが、現実には販売店から新聞社に発注書が発行されることはないのです。
 逆のフロー、新聞社から販売店への請求書は存在します。もちろんそこには、きちんと配送部数と金額が記載されています。
 週刊新潮(6月18日号)で、先週の新潮の記事について、大手各紙が、
「新聞販売店から必要部数を注文され、弊社はそれに基づく部数をお送りしています」
 などと反論していましたが、欺瞞もいいとこです。なぜならば、販売店から新聞社への「発注書」は存在しないからです。
 ちなみに、大手各紙は別に嘘を言っているわけではなく、確かに「必要部数に関する注文」というプロセスはあるのです。但し、一般企業では常識的な発注書ではなく、「電話」のやり取りによるものになります。要は、発注行為について「紙」で残したくないわけですな、大手各紙は。


発注書がない…いいのか、そんなビジネスしてて


政治家の歳費に請求書がなかったら鬼の首を取ったように叩くくせに、自分のところのビジネスではエビデンス無しかよ。5年で3度も国税当局に踏み込まれた新聞社もあるし、ビジネスとしてなってないんじゃないの?

参考:
【電凸】過去5年の間に3度も国税局に踏み込まれた、間抜けな朝日新聞社に電凸しますた。(ADON-K@戯れ言)

新聞社 破綻したビジネスモデル(当ブログ記事)
posted by かせっち at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月12日

変化に適応した種が生き残る

環境規制と人口停滞で豊かになった国の話。(大日本セキュリティ総合研究所)

「少子高齢化で日本は本当に希望はないのか?」というテーマで考察するシリーズ。江戸時代後期の人口停滞期を例にとり、それが正しいか考察する。

(エントリより)
少子高齢化・GDP減少時代には希望が無いのか?という疑問から始まったシリーズ・エントリなのですが、何冊か本を読んできた印象だと、「心の持ちよう」としか言いようがないですね。ただ、「このまま少子高齢化が進んでいくと、日本人は絶滅する」みたいな発想は馬鹿馬鹿しいですね。いずれにせよ、社会変革には混乱が伴うし、様々なマイナス事象が発生するのです。ただ、それを切り抜ければ、新しい社会が開ける。それだけなのです。

日本は過去に何度が人口の減少期や停滞期を経験しています。で、一番最近の人口停滞期は18世紀初頭から19世紀後半までの江戸時代です。その要因として、「環境問題」による新田開発ストップが言われています。

<略>

では、環境規制が行われた江戸期の日本はどうなったか?答えはご存知でしょうが、江戸時代が始まって60年で「山川掟」で新田開発が規制されても、その後200年も江戸時代は続いたわけです。新田開発ができなければ、ムラが拡大する事もないので、人口が抑制気味になる。(ただ、新田開発自体は、幕府や藩による景気対策的な意味で継続されるが、当初の乱開発から見るとかなりセーブされたものとなった。)で、田畑の量的拡大が望めなくなった農民は、限られた面積で生産量を引き上げるしかない。となると、工夫をするしかない。長時間畑を耕し、いかに収穫量を上げるかに農民が心血を注ぐようになった。結果、生産性があがった。(今風に言えば、一人当たりGDPが伸びた。)このプロセスが、後の日本人の勤勉さにつながり、「勤勉革命」を起こしたという学者さんもいるそうな。年貢を納める手段である米以外の商品作物(木綿・菜種)も生産し、農村に貨幣経済が流れ込んだ。要するに食料の自家消費以外に金銭的余裕ができ、エンゲル係数が下がった。そうなると娯楽や文化に金が使われるようになる。そういう金銭的余裕に支えられた文化が、ジャポニズムとして世界の芸術に大きな影響を与える事になる。


勿論、江戸時代のやり方をそのまま適応すればよいというわけではなく、人口停滞期であっても、やりようによっては豊かな社会を作ることは可能。つまりは三橋貴明氏が良く使う「変化に適応した種が生き残る」ということ。
posted by かせっち at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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