2008年10月30日

ドイツの技術は世界一ィィィィ!

2004年初頭、日本の金融当局はヘッジファンドの円高誘導に対抗して市場介入を1ヶ月に渡り実施。為替差益を目論んだヘッジファンドは利益を上げられず撤退、関わったファンドの2000社が倒産したとも言われ、その威力の凄まじさから「日銀砲」と恐れられた。

そして時は2008年秋、場所はドイツ、時空を隔てて再び多数のヘッジファンドが血祭りにあげられる事態が起きた。しかし「波動砲連射による正面突破」のような日本の方法とは違い、ドイツが行ったのは「孔明の罠」とも言えるやり方だった。


VWとヘッジファンド:アクセル踏んじゃうんだから(今日の覚書)
如何にしてドイツはヘッジファンド「イナゴ」に復讐したか 1(今日の覚書)
如何にしてドイツはヘッジファンド「イナゴ」に復讐したか 2(今日の覚書)
如何にしてドイツはヘッジファンド「イナゴ」に復讐したか 3(今日の覚書)


上記を読む前に、まず「空売り」について勉強しておこう。

Wikipedia「空売り」より)
空売りの流れを簡略化すると以下のようになる。

1.投資家は証券会社から株を借り、それを市場で100円で売る。投資家は株を売った代金100円を得る。
2.後日、当該株価が下がり、市場で同じ数量の株を代金90円で買い株式を手に入れる。
3.この90円で買った株式を証券会社に返却する。差額の10円が投資家の手元に残り、これが投資家の利益になる。


ここでポイントが2つある。第一に、投資家が証券会社から借りた株は、返却期限がきたら返さなければならない。だから一度売った株は必ず買い戻さなければならない。

第二に、売った株を買い戻したとき、株価が下がってないと利益にならず、上がっていたら損になる。だから投資家は下がると思われる株を空売りするのである。

このことを頭において、ドイツが仕掛けた「孔明の罠」を解説しよう

フォルクスワーゲン(VW)の株が割高の見込み

ヘッジファンドは証券会社から12%を借りて空売り

日曜日、突如ポルシェがVW株74%取得を発表!

残りのVW株のうち20%はドイツの地方自治体が保持

株式市場には100−74−20=6%しか残っていない!

市場の株を全部買っても証券会社に返すには6%足りない!

月曜日、市場が開くとVW株買い戻しが殺到、VW株爆上げ

買い戻し株価が暴騰してヘッジファンドは大損


事の発端はポルシェが密かに大量の株を買い占めていたことだが、その手法はドイツ国内法では問題なかったらしい。何にしてもファンドの連中が、自分の乗り回している車の会社にしてやられたというのは何とも皮肉だ(笑)

(エントリより)
同社の製品への親近感に関係なく、ヘッジファンド・マネジャーはポルシェが悪いと非難した。
一方ポルシェは、直接株式を買った場合には告知をしなければならないが、現金決済コールオプションを集めることにそのような透明性を要求していない、株式市場の規則を守った、との説明を固持した。
同社は水曜日の声明の中で「これらの市場の歪み、および空売り屋が自らをさらしたリスクに対し、一切の責任を否定する」とまで言った。
しかしポルシェは、「更なる市場の歪み」を避けるために、VW株の5%までヘッジファンドの取引に応じて状況を緩和してやる、とした。


図らずも同じ敵を殲滅したかつての友邦よ

今度はイタリア抜きでやろうぜ(笑)
posted by かせっち at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

和む話

外国人関係の和むコピペ(VIPワイドガイド)

厳しい話題が続いたので、ここらで一服どうぞ。

(エントリより)
6 名前:以下、VIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/10/19(日) 19:57:53.79 ID:0PakdAd50

ここ数年一緒に仕事をしてるアメリカのコンサル屋から3人来日。
皆日本は慣れてるけど、これまではいつも移動は車だった。
※ 適当な日本語訳で書きます

( ゚Д゚) これから電車に乗ります。ラッシュアワーだけど8分だから我慢して
エッ!?かの有名なトーキョーのラッシュアワー!? 喜んで!!.+゜(・∀・ ) (・∀・ ) (・∀・ )゜+.゜

やたらwktkする3人。ちなみに白人1、アフリカ系1、アジア系1、全員40から50代のオッサンだ。
しかし彼らを連れて電車に乗り込むと、3人ともきょろきょろしながら不満そうな顔に

そんな混んでないネー(・ω・` ) たいしたことないネー(・ω・` ) 噂で聞いてたのと違うヨー(・ω・` )
( ゚Д゚) ……実は私たちが乗ったのは東京のシティーから離れていく電車なんだよ。この意味がわかるかい?
? (・ω・` ) ? (・ω・` ) ?(・ω・` )
( ゚Д゚) ほら、逆向きの電車を見てごらん
フオオォォォォオオウ!!!!ΣΣ(゚Д゚;) ΣΣ(゚Д゚;) ΣΣ(゚Д゚;)

彼らの視界に入ったのは、まさにラッシュアワーの東京駅行き快速電車。

( ゚Д゚) ニホンではああいう状態を“スシ詰め”と言う。毎朝のことだよ。
あ、あれがスシ!?じゃなくてあれが毎朝!?((((゚д゚lll) (゚д゚lll) (゚д゚lll)))ガクガクブルブル
( ゚∀゚) やっぱり乗ってみたい? 仕方ないな、少しなら時間があるから1駅くらいなら……
Nooooooooooooooooooo!!!!!! ((((゚Д゚;) (゚Д゚;) (゚Д゚;))))

電車からおりた後、ワーオワーオ言いながらその満員電車をバックに記念撮影
こっちは迷惑じゃないかとはらはらぺこぺこしていたが、
普通の日本人客や駅員さんたちは半笑いで見守っててくれたよ。



7 名前:以下、VIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/10/19(日) 19:58:21.75 ID:0PakdAd50

さてその夜
何ヶ所か移動して(車で)、ホテルへの帰りはまたちょっとだけ電車に乗ることに

( ゚Д゚) ガイズ、これから電車の乗り換えをします。
はーい (・∀・ ) (・∀・ ) (・∀・ )

( ゚Д゚) 新宿駅は大きくて人でいっぱいです。はぐれたら永久に駅の中でさまようことになるよ
ちゃんとついてくよ!OK! (・∀・ ) (・∀・ ) (・∀・ )

いつもどおり京王線とJRの乗り換えは人が多い
といってもいちばん混む時間は過ぎてたし、普通に降りて人ごみをぬって歩いていくと後ろから悲痛な叫びが…

オオオオゥ!ウェエエエエエイト!!!。゚(゚´Д`゚)゜プリーーーズ!!ウェエエエエエエイト!。゚(゚´Д`゚)゜。

もうまさにこんな感じ。振り向くと後ろに続いていたはずのうちの2人が人ごみにもまれ
あちらこちらにバラバラに流されている。慌てて救出し、全員で手をつないで歩いてく羽目に……

(♯゚Д゚) だから言っておいたでしょうが! まったく軟弱だな、このアメリカンどもは
カナがチビなせいで見失ったんだヨー(;´Д⊂)もう帰れないかと思ったヨー怖かったヨー(;´Д⊂)゜。

彼らはすっかりトーキョーの電車に恐れを為して、シリコンバレーに帰っていった
でも、次は車用意して待ってるからまた来てね、とメールしたら
またトーキョーの電車にチャレンジするよ!という返事が返ってきた
その言葉、忘れないぞ
posted by かせっち at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二大政党制のあるべき姿

天皇陛下の反対党(雪斎の随想録)

(エントリより)
彼は、「国益に絡む重大な課題」の時には、彼の政党が「党争を控え、政府に助力する仕事に乗り出す」であろうと約束した。彼は語った。「この局にあって関心を払うべきは、われわれが金融市場と金融期間の安定を創り出すと確信するために、われわれが一緒に働くことである」。

 ところで。ここでいう「彼」は誰か。

 それは、現在の英国保守党党首であるデーヴィッド・キャメロンである。
 英国紙『テレグラフ』が配信した〈Tory party conference: David Cameron says Conservatives will work with Government 〉(保守党大会―デーヴィッド・キャメロンは保守党が政府とともに働くであろうと語る)という記事の一節である。
 要するに、「保守党は、英国経済が更なるダメージを受けるのを防ぐためには、政府と協働する」ということである。
 英国の野党は、「女王陛下の反対党」と呼ばれる。「女王陛下の反対党」は、内閣を組織し政権を担わないにしても、政権党を監視しそれに対案を示したりすることで英国の統治機構の一端を成しているわけである。故に、労働党と保守党は、「立場は違えど同じ国益を担っている」のである。こうした意識こそが、二大政党制を成り立たせ前提である。
 翻って、日本の野党のことを考える。

<略>

ところが、民主党は、麻生総理が「早期の解散に応じないから」、対決姿勢に転ずるのだそうである。民主党は、政府と「危機意識」を共有していたわけではなかったらしい。それでは、民主党は、何時まで経っても、「天皇陛下の反対党」になることはあるまい。


「立場は違えど同じ国益を担っている」

これが民主党に決定的に欠けているところだ
posted by かせっち at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治(民主党) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

ポジショントーク

マスコミと証券会社に洗脳されない自己防衛(MONEYzine)

(記事より)
 多くの投資家はマスコミの報道を鵜呑みにし、証券会社のセールストークに圧倒される。怒涛のごとく流される情報に翻弄し、冷静な判断を失ってしまうのだ。だが、投資の原則は自己責任だ。自分の資産は自分で守らなければならない。従って投資家に必要なことは、「なぜその情報が流されているのか理解すること」である。なぜ新聞は金融危機が解決したように書いているのか? なぜ、証券会社は外国債券を勧めるのか?――その理由を考えることが重要ということだ。

 恐らくその結論は、末恐ろしいことであろう。マスコミは誰が支配しているのか。証券会社の収益体制はどうなっているのか。知れば知るほど、考えれば考えるほど、自分の存在が小さく見えてくる。その荒波を乗り越え、利益を獲得するなど困難に思えてしまうのだ。

 個人投資家は本当に小さな存在である。実際に損失を被っても、誰も補填してくれない。大企業なら優遇されるところを、個人投資家は完全に無視される。非常に弱い立場なのだ。だからせめて自己防衛手段として、「マスコミ・証券会社に洗脳されない」という意識が必要だ。マスコミに洗脳されない強固な意志が必要なのである。


デジタルテレビを買ってBSデジタル放送が見られるようになったおかげで、地上波ではキー局のなかったテレビ東京系のBSジャパンの経済ニュース番組を見るようになった。

よく見るのが平日早朝に放送される「モーニング・サテライト」。日本の経済ニュースだけでなく、ニューヨークにもスタジオを置いてアメリカの経済ニュースも平行して報道している。

放送時間がニューヨーク株式市場の終了時刻と重なることもあって、アメリカの経済・株式為替の動向は最新のものであり、日本の経済ニュースを見るうえでも非常に重宝している。

しかし番組後半で日経朝刊の記事解説など行う「証券アナリスト」や「経済評論家」などは、どうにも証券業界のポジショントークをしているように見えて仕方がない。

最近ではそれに我慢できなくなり、経済ニュースが終わって彼らが出てきたら、一般ニュースのNHK地上波か海外のニュース番組を流しているNHK-BS1にチャンネルを変えている。


メディアはポジショントークをするものと心得よう


参考:
情報の受け取り方(当ブログ記事)
識者の意見(当ブログ記事)
posted by かせっち at 22:05| Comment(2) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハブの不在

金融危機のマイクロストラクチャ(池田信夫 blog)

(エントリより)
私は「今回の問題の本質は、CDOやCDSに値がつかなくなったことだ」というシュワルツの意見に基本的に賛成だ。決済機能が健全なのにこんなパニックが起こるのは、派生証券市場のmicrostructureに原因があるのではないか。航空機の路線で、ハブというのがよく知られている。普通に2つの空港の最短距離を結ぶと、nヶ所の空港を結ぶにはnC2=n(n-1)/2路線が必要だから、nが大きくなると組み合わせの爆発が起こって採算がとれなくなる。これに対して図のように、たとえばデンバーをハブにすると、路線の数は最小n-1ですむ。

株式や債券に取引所があるのは、このようなハブをつくることによって社会的コストを減らすためだ。外為市場には物理的なハブはないが、全世界の為替ディーラーがロイターのモニターを見て売買するので、ほぼ一物一価になっている。ところがCDOやCDSには、こういうハブがない。AIGが事実上そういう役割を果たしていたともいわれるが、仕組債は複雑にカスタマイズされているため、契約ベースの相対取引が普通だ。

このようにtight-couplingされたスパゲティ状の決済ネットワークは危険である。ふだんはCDOなどの流動性が高いので、それを組み合わせた仕組債の価格も要素価格を集計して決まるが、モジュールの取引が一つでも止まると、仕組債全体が決済できなくなる。そして1ヶ所で決済できなくなると連鎖的に債務不履行が発生し、これによるrenegotiationの数も爆発するため、システムが破綻してしまう。だから問題は、よくいわれるように金融技術が過度に発達したことではなく、それが構造的には未発達だったことにある。


これを読んで思い出したのがNewsweek日本版の以下の記事。

ネットの擁護者グリーンスパンが危機を生んだ(Newsweek日本版2008.10.29号)

(p.22より)
 インターネットと最新の通信技術によって、「影の銀行システム」が構築された。それは規制対象の外にある貸し出しネットワークで、07年には既存のシステムと同じくらいの大きさになった。現在、その規模は縮小しているが、また残っている分については情報開示が必要だ。

 多くの規制外の金融取引がIMを介して行われてきた。1億ドルのCDSの取引をしたいと思ったら、ヘッジファンドや銀行のトレーダー数人にメッセージを送り、条件が折り合うところを探せばいい。電話での会話も、面倒な書類も必要ない。数回のメッセージのやりとりだけで一件落着だ。

 このように同業者へのアクセスが簡単になったことで、金融取引は、書類の記録が残りにくいハイリスクなゲームになった。それによって頭で整理しきれないほど、多くの取引を同時進行させるといった危険な行動に踏み込みやすい状況が生まれた。

 IMなどで契約が行われ、文書の記録が不備なCDSが1兆ドル近く存在するという推計がある。

 噂話やテレビゲームをするような感覚でデリバティブの取引が行われる傾向が、いつのまにか広まった。IMを介した無駄話が取引に化けることもある。1億ドルのCDSの取引だろうと、同じような気分でメッセージが交わされる。


ここでいう「IM」とは「インスタントメッセンジャー」のこと。IMを知っている人間からすると、あんなもので金融取引が成立してしまうという記事内容は俄かに信じられなかったが、池田氏のブログの話と合わせると納得すると同時に、今の金融危機の深刻さが理解できた。
posted by かせっち at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「反日」の理由

なぜ、日本の左派は「反日」なのか?(依存症の独り言)

欧米の左派は自国の国益に反することはしないが、日本の左派は明らかに「反日」に軸足を置く。その理由を元極左の坂眞氏が進駐軍の占領政策に絡めて解説する。

(エントリより)
結局、日本の左派は、戦後一貫して共産党と反日共の共産主義者が主流だったのである。これは米占領軍が最初は共産党に、その後は反日共の共産主義者に肩入れしたことが大きく影響している。
結果、わが国では健全な左派=社会民主主義が育たなかった。おかげで、本来は保守であるべき自民党の中に社会民主主義的体質を持つ政治勢力が生まれるという現象も起きた。そして、この自民党内の社会民主主義的体質を持つ政治勢力も、また、米占領軍による洗脳から逃れられないでいるのである。
今の日本政治の混沌は、突き詰めればここにある。

戦後日本政治が、保守を中心とする勢力と、「反国家」「反体制」を標榜する政治勢力の対峙でしかなかったことは、わが国にとって大きな不幸だったと思う。


参考:
「保守労働党」(当ブログ記事)
posted by かせっち at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

きな臭い話

これだけははっきりしておこう(ぐっちーさんの金持ちまっしぐら)

サブプライム問題とは関係なく日本の金融機関は貸し渋りを続けていて、それを補完した外資系金融機関の融資先は実はヤバイところで、サブプライム問題で外資系が資金引き上げにかかってヤバイ融資先が次々と破綻しているというお話。

(エントリより)
はっきりしておかなければならないのは日本の金融機関による貸し渋りそのものは少なくともここ10年顕著に見られる傾向であって、今回のサブプライムがきっかけで突然貸し渋っているわけではない。

バブル以降、日本の金融機関はその意味で一貫しており、国債に集中的に投資する一方、金融機関本来の融資らしい融資は一切行ってこなかったといっていい。
ひたすらJGBを買いまくるJGBモンスターである。


これを補完したのがまさに外資系金融機関である。
さらに言えば、貯蓄から投資への掛け声にのった、やくざマネーに蹂躙された東証マザースであり、その他いかがわしい直接金融、及びベンチャー出資である。さらにグレーゾーンと言われる金融機関も同様これらの補完をなした。

特に、日本の金融機関による貸しはがし、と言われる行為が顕著になるのはこの3年で、これらは欧米における証券化商品の損失問題とは全く別個の原因で顕著になった。きっかけはグレーゾーンに対する規制の強化に見える。日本航空でさえ、反社会的勢力と区分させられた。これは金融庁の行き過ぎた規制、と言われてもしかたないだろう。

<略>

要するに今潰れているのは安易な外資系金融機関の融資に頼ったところがほとんどなので自業自得。

中小企業に資金流れていないのは10年前から一向に変わっておらず、サブプライム問題は一切関係ない。この10年間、融資の必要のない企業にどれだけ低利で拝み倒して融資をして来たか、晴れた日に傘をカス、と言われる金融機関の本領発揮である。


上記を受けてのブログ。

外資とヤクザのコラボ時代は終わった(ネットゲリラ)

(エントリより)
不動産だけじゃない。外資は、銀行がカネを貸さない商売にまで積極的に首突っ込んでいた。いわゆるノンバンクというのがあるんだが、ノンバンクというくらいで銀行じゃないです。なので、銀行がカネを貸さない、貸したがらない商売、ラブホテルとかパチンコ屋とか。最近、バタバタ潰れてるみたいだね。カネが廻らないのだ。いくら儲かっていても、「反社会的」とレッテル貼られたような商売には銀行さんは貸したがらないわけでね。そのノンバンクが軒並み「危ない」という情報も入ってるんだが、つまり、そういう事です。外資が逃げたから。で、ぐっちーさんは「今潰れているのは安易な外資系金融機関の融資に頼ったところがほとんどなので自業自得」と言い切るんだが、まぁ、そういう事だ。で、時代が変わると手羽先まで危なくなる。言うまでもないんだが、アレです、アレ。
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2008年10月23日

希薄化した存在意義

雑誌の衰退には不吉な予感がする(日経ITpro)

ネットに押されて衰退傾向にある雑誌を憂いたコラム。

(記事より)
 このほか「関心のある分野の情報を掘り下げるのに適したネットと異なり,読者が多様な記事を眼にすることで,知識,思考を深めるきっかけになることに総合雑誌の存在意義がある」(日本経済新聞2008年9月7日)という意見もある。要するに,Webサイトに比べて雑誌の方が「深い思索」ができる,「思考の発展」を期待できる,そして「創造的思考」ができると言えよう。


言えません


まず日経の元記事では「知識,思考を深めるきっかけになる」とは言っているが、「思考のきっかけ」は「思考そのもの」ではない。単なるきっかけを以って「「深い思索」ができる,「思考の発展」を期待できる,そして「創造的思考」ができる」などと言うのは短絡的である。

また日経の元記事にあるように、思考のきっかけとなる多様な記事を読者に提供することが総合雑誌の役目というならば、ネット上のニュースポータルが既にその役割を果たしている。かく言う自分も各紙サイト、Yahoo!ニュース、J-CAST、痛いニュース、その他ブログで思考のきっかけを拾っている。


「深い思索」「思考の発展」「創造的思考」のきっかけの提供が

総合雑誌の専売特許である必然性は既になくなったのである
posted by かせっち at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フィンランド式教育の功罪

OECDの学力調査で日本が低落傾向にある一方で、上位に位置したのがフィンランド。昨今その教育方法が注目を浴びた。

「子供が王様」これでいいのか フィンランド式教育に学べ(J-CASTニュース)

(記事より)
日本の「学力」低下が懸念されるなか、フィンランド式教育が注目されている。OECDが実施した学習到達度調査(PISA)で、日本は順位が低下傾向にある一方、フィンランドは上位を維持していることもあって、ちょっとしたブームになっている。国内でも授業に「フィンランド式」を取り入れる学校が出現したほか、「フィンランド式学習」を謳った書籍も続々と登場している。「フィンランド式」の根幹は何なのか? J-CASTニュースでは、実践型の「フィンランド式学習」としては初の書籍『フィンランドメソッド実践ドリル』を執筆した諸葛正弥氏に聞いた。


そのフィンランドで、アメリカ・コロンバイン高校での事件を髣髴とさせる、生徒による銃乱射事件が発生。その遠因をフィンランドの教育制度に求める意見も出た。

ネット上で不気味な波紋 フィンランド銃乱射から1カ月(産経)

(記事より)
 教育問題に詳しいユバスキュラ大学のパルキネン教授は本紙に「改革の結果、思春期に学校で友達をつくる時間が減ってしまった」と語る。小学校の7〜12歳は同じクラスで授業を受けるが、中学校の13〜15歳は子供の自立を促して学習効率を上げるため、日本の大学と同じように自分で授業が選択できる。しかし、共同行動の時間がほとんどなくなり、教師が生徒と接する時間も激減。いじめ防止のために学校は十分な対応がとれていない。

 同国は伝統的に働く女性が多く、男女の就職率格差は6・4%(日本は30%)と世界最小。離婚率(人口1000人当たりの年間離婚件数)は2・7と欧州連合(EU)平均の2・0より高い。働く女性を支援するため就学前の保育施設も普及しているが、子供が親と過ごす時間が減ったという。

 リンペラ教授は「家庭に恵まれない子供にとって、この教育制度は孤独感を深めるなどマイナス面がある」と話し、パルキネン教授も「事件のあと国民は現在の教育制度に強く反対している」という。これに対し、教育省のカリャライネン事務次官は「学校が事件の原因ではないが、学校は事件防止のため重要な役割を果たす必要がある」と述べ、早ければ来年にも教育カリキュラムを再評価する考えを明らかにした。


『ニッポンの評判』(今井佐緒里/新潮新書)を読むと、フィンランド人はちょっと付き合いにくそうな印象を受けたのだが…
posted by かせっち at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

格差は縮小していた

「小泉改革が格差を拡大させた」と喧伝されて久しいが、OECDの調査によると、その時期と重なる過去5年間では日本の所得格差は縮小していたとのこと。

日本、所得格差やや縮小 OECD調査10年間で(泥酔論説委員の日経の読み方)

(エントリより)
さすがにメディアの扱いは小さいですね。
「小泉改革で格差が広がった」「小泉政権こそ格差拡大の元凶」、と世間では喧伝され多くの人達がその惹句を鵜呑みにしてきたわけです。
ところがOECDの統計では、「日本の所得格差と貧困は、長期にわたる拡大傾向に反して、過去5年間で縮小に転じた」とあります。
散々喧伝してきたのと事実とが異なっている場合、メディアは「黙殺」を決め込むか、そ知らぬ振りして淡々と報じます。
今回の場合、前者が朝日で後者が日経ですね。
これが格差拡大ならば、「OECD、格差を認める」とか何とか朝日1面を飾っているところでしょう。


先進国の大半で格差拡大 OECDが報告書(もじもじスケッチ)

(エントリより)
高額所得者と低所得者との格差が大きいのは米英。それはもう半端じゃなく。日本はまだ機会の平等が保証されている。

日本では、高度成長期からバブル→バブル崩壊→不景気に至るまで、大きな格差が存在していた。小泉政権で金融再建をしてようやく市場の信頼を取り戻した後、安定軌道に乗ったのだが・・・。

ネットの中では「マスコミは国賊」並みにバッシングされているが、そのマスコミにコロッと騙されているのが「小泉−竹中が格差社会を作った」というもの。毎日その言葉を聞かない日はない。唯一、フジテレビの報道バラエティで「昭和30年代への回帰があるが、あの頃のほうが格差は酷かった」とデータを挙げていた。
posted by かせっち at 22:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

劇場の舞台裏

選挙前に読んでおきたい一冊です(散歩道)
変人の周りには変人が集まるという法則(散歩道)

「埋蔵金の発見者」高橋洋一氏と「小泉改革の仕掛け人」竹中平蔵氏の著書の紹介。

(エントリより)
郵政民営化、不良債権処理、公務員制度改革、みんなやるべきだったし、やってよかったと今でも思うし、彼らだから出来たことだと物凄く納得した。
したうえで、こいつらだからこうなったのかーとも納得した。うん。

さて、昨日今日と紹介した本のまとめを、自分思考の整理を兼ねてメモ


このメモが面白かったりする。信じるか否かは自己責任で。
posted by かせっち at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

趙紫陽かく語りき

民主化を考えていた中国の指導者(日経BP・SAFTY JAPAN)

ブログ「日々是チナヲチ」が「『趙紫陽本』最強の一冊」と絶賛する、1989年の血の天安門事件で失脚した趙紫陽・元中国共産党総書記の回想録の書評。

(記事より)
 既に天安門事件から19年以上が過ぎた。趙紫陽と言ってもぴんとこない人も増えているだろう。その名前を覚えている人も、ほとんどは「天安門事件の時に、学生たちが立てこもる天安門広場に足を運び、涙ながらに説得しようとした人」とのみ記憶しているのではないだろうか。

 しかし、本書を読めば、そのような印象は一変するはずだ。趙紫陽は、単なる「涙のおじさん」ではなかった。本書から立ち現れるのは、幅広い視野でさまざまな情報を偏見なく分析し、あくまで合理的に思考する政治家の姿である。その視野は中国共産党による統治の正当性、合理性を疑うところにまで及ぶ。いずれ中国は共産主義の看板を降ろし、民主主義国家にならねばならないと彼は考えていたのである。

 と同時に、彼の思考の明晰さが、逆に中国という国の内情をも映し出す。これほどまでに開明的な政治家が総書記を務めていてもなお、天安門事件は起きてしまったのだ。


参考:
六四天安門事件(Wikipedia)
最強の「趙紫陽」本(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メディアはストーカーである(笑)

メモ:勧善懲悪の筋書きが必要なことと、メディアへの同情論(不可視型探照灯)

(エントリより)
メディアが「ストレートニュース」として普通に流しても、受け手側で「単なるストレートな記事じゃ注目されない」ということ。場合によっては、「その報道は○○寄りの報道だ!」「△△に対してアンフェアな報道だ!」というような的外れな抗議すら、メディアに降りかかってくる。

それらを避けるため、あらかじめメディア側で推敲・取捨選択・肉付けを行って、「ストレートニュース」が「記事」という製品を作るのだが、その作業工程が、どれだけ本来の「事実」からかけ離れているか、もしくは事実の「裏面」に光を当ててないか、まともに検証できていない。

そして、メディアが本来、社会の知る権利に応えるという名目のもと、「正確」「公正」「責任ある言論と論評」というような綱領を定めた上で報道している「記事」というものが、「そんなものだけを報道しても注目されないよね、仕方ないよね。」という感じで、完全に舐められきっている意見がWeb上で表面化してきていること。

これらを通して眺めていくと、メディアは螺旋階段を下りていくかのごとく、「負の連鎖」を少しずつ辿っている気がしなくもない。


「明日の広告」に書いていないこと(ガ島通信)

(エントリより)
「広告はラブレター」という言葉は、広告だけでなく文章を書く人、写真を撮る人といった表現者にとっても同じく重要なこと。誰かに何かを伝える作業は、相手を思いやる、配慮することだと思っています。

<略>

ラブレターは受け取ってくれていても、読まれずそのまま捨てられているかもしれない。でも、ラブレターを出した側は読んだと思う。新聞のようなプッシュ型メディアはそんな「勘違い」をしがちです。紙面改革時にはそこを徹底的に洗い出しました。

この本を読んでラブレターが効かないことがようやく分かったとしたら、それは自分に都合よく事態を考えている痛い人かも(そういう人いませんでした?)。


相手に気に入られようと「ラブレター」を書くものの、通り一遍の書き方では読んでくれない。文章に力を入れれば入れるほど「ぷ。何この恥ずい文面(w」「こうしないと読んでくれないと思ってるのね(w」と見透かされる始末。

相手の仲間内では「キャハハハハ、痛い奴!(w」などと笑われてることに気が付かず、「ラブレター」を送りつけただけで相手に読んでもらったと勘違い。挙句に「あいつは俺のことを90%好意を持っている」なんて思い込む。


それ、何てストーカーですか?(笑)


参考:
出来過ぎた答え(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月19日

出来過ぎた答え

読売新聞「新聞が必要 90%」の謎(CNET Japanブログ・夢幻∞大のドリーミングメディア )

(エントリより)
 読売新聞10月13日版の調査記事「新聞、これからも必要」が90%…読売世論調査は、いささか新聞の自画自賛ぎみの報道であった。

<略>

 以上が質問項目全てである(○数字は筆者)。長々と引用したが、それは一部を隠すことは、結局全体を隠してしまうことになり、誤った方向に導きかねないからだ。ともかく、内容を読めばわかるとおり、新聞購読者を主体にしているとしか考えられない質問ばかりだ。もし、本当に新聞が危機感を持って質問をしているとしたら当然質問が変わるべきである。そこで、僕はこんな質問を考えてみた。

@あなたは、新聞を購読していますか。
購読している 購読していない

A購読していないと答えた方、その理由は何ですか。
会社で読んでいるから購読していない
図書館で読んでいるから購読していない 
インターネットで新聞を読んでいるから購読していない 
テレビでニュースを見るから必要ない 
森林の無駄遣いだから新聞なんて必要ない
 

@の回答:
購読していない

Aの回答:
インターネットで新聞を読んでいるから購読していない 
森林の無駄遣いだから新聞なんて必要ない(笑)



そもそも一つの回答に90%以上が集中するなどというのは、余程自明な質問でもない限りあり得ない話で、質問の仕方が悪いか、質問の対象者が偏っていることを疑ってかかるべき。


出来過ぎた答えは自己満足は与えても

視野を広げる示唆は与えてはくれない



以下、読売新聞の調査から伺える新聞が陥っている状況を、以前のエントリ「2つのレイヤー」で取り上げた佐々木俊尚氏の主張を交えて批判する。

(エントリの佐々木氏の著書の引用部分より)
 記事というコンテンツは、「一次情報」と「論考・分析」という二つの要素によって成り立っている。新聞社は膨大な数の専門記者を擁し、記者クラブ制度を利用して権力の内部に入り込むことによって、一次情報を得るという取材力の部分では卓越した力を発揮してきた。だがその一次情報をもとに組み立てる論考・分析は、旧来の価値観に基づいたステレオタイプな切り口の域を出ていない。たとえばライブドア事件に対しては「マネーゲームに狂奔するヒルズ族」ととらえ、格差社会に対しては「額に汗して働く者が報われなければならない」と訴えるような、牧歌的な世界観である。

 このようなステレオタイプ的な切り口は、インターネットのフラットな言論空間で鍛えられてきた若いブロガーから見れば、失笑の対象以外の何者でもない。彼らは新聞社のような取材力は皆無で、一次情報を自力で得る手段を持っていないが、しかし論考・分析の能力はきわめて高い。ライブドア事件にしろ格差社会問題にしろ、あるいはボクシングの亀田問題にしろ、読む側が「なるほど、こんな考え方があったのか!」と感嘆してしまうような斬新なアプローチで世界を切り取っている。

 今の日本の新聞社に、こうした分析力は乏しい。論考・分析の要素に限って言えば、いまやブログが新聞を凌駕してしまっている。新聞側が「しょせんブロガーなんて取材していないじゃないか。われわれの一次情報を再利用して持論を書いているだけだ」と批判するのは自由だが、新聞社側がこの「持論」部分で劣化してしまっていることに気づかないでいる。ブロガーが取材をしていないのと同じように、新聞社の側は論考を深める作業ができていないのだ。(佐々木俊尚著「ブログ論壇の誕生」文春新書


参考:
2つのレイヤー(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:38| Comment(0) | TrackBack(1) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月18日

違和感

経団連が貴族院みたいな立ち位置になってる(切込隊長BLOG(ブログ))

(エントリより)
 久しぶりに帰ってきてココログニュース読んでたら、経団連の話が。

経団連の「移民受け入れ」提言に猛烈批判
http://news.cocolog-nifty.com/cs/catalog/cocolog-news_article/catalog_domestic-200810162227_1.htm

 これ、貴族階級の政治論争みたいだね。「植民地から奴隷連れてきましょう」的な。言いたいことは理解できるけど、もう少し言い方ややりようはあるだろうに。賛同できんな。つーか普通に反対だ。


納得

抱いていた違和感をぴったり言い当ててくれた



経団連が提言し続ける限り「労働力の確保」という下心が透けて見えてしまうわけで、例え正論でもこの違和感は抜きがたいものがあるんだろうなぁ…
posted by かせっち at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そしてまた伝説に…?

ヤバいヤバいと言われ続けてきた韓国経済も、昨今の金融危機で遂にのっぴきならない状況に追い込まれたようである。金融危機の初期段階では独歩安だったドルにさえも下げていた韓国の通貨ウォンは、その後もドルに対して下げ止まらない。

輸入価格の高騰を招く過剰なウォン安は、世界的な高騰している資源・食料の輸入価格を更に押し上げる。また外貨建て債務の返済額をも押し上げるため、返済や借り換えに問題を生じることは既に2ちゃんねるなどで指摘されるところ。

そのため韓国当局はドル売り介入でウォン高に振ろうとしているが、その原資となる外貨準備に問題があるとされる。外貨準備のうち換金可能な外貨(流動性外貨)は多くなく、このまま介入を続ければ流動性外貨が枯渇するのは時間の問題と見られている。

これに対し韓国当局は流動性外貨の不足を一貫して否定し続けてきたが、ここに来て国民や民間企業にドルの供出要請やウォン→ドル換金を自粛させるような措置を連発。これを以って流動性外貨の不足は公になったも同然になった。

そして10月10日、事件は起きる。それまでドルに対して順調に(笑)値を下げていたウォンが一瞬にして200ウォン以上も暴騰したのだ。韓国当局の介入ですら止められなかったウォン安圧力を一体誰が反転させたのか?

どうやらサムスン、ヒュンダイ、ポスコといった韓国の民間企業が保有するドルを放出させたというのが事の真相のようである。つまり韓国当局はドル売り介入のために民間企業の虎の子のドルすら供出させたのである。

2004年初頭の円高圧力に対抗して行われた日銀の為替介入は、一日に1兆円をつぎ込み30日間ぶっ続けで行われた。その威力は凄まじく、為替操作で利益を上げようとしたヘッジファンドを次々と血祭りに上げたことから「日銀砲」という異名がついた。

以来2ちゃんねるなどでは「日銀砲」の例に倣い、為替介入することを「○○砲」と呼んでいる。例えば韓国の中央銀行である韓国銀行が行う介入は「韓銀砲」と呼ばれている。無論、その威力は日銀砲に比べるべくもないが…(笑)

そして今回のドル売り介入は、国民や民間企業の手持ちのドルすら掻き集めて行われたため、2ちゃんねるなどでは「国民総動員砲」「国家総動員砲」と命名されている。個人的には「国家総動員砲」の方が上手いと思う(笑)

しかしこの「国家総動員砲」を発射したツケを大きいようである。「国家総動員」しなければならないほど流動性外貨が枯渇していることを満天下に知らしめただけでなく、企業保有外貨もヘッジファンドの的に差し出してしまったのである。

韓国をしゃぶり尽くす禿鷹ファンドの悪魔のシナリオ(日本が好きなだけなんだよ)

(エントリより)
しかし、先にも述べたように、昨日からの報道で韓国為替市場に大手企業の外貨が参加したのは承知の通りである。これは海外ヘッジファンドにとっては千載一遇のチャンスである。なぜなら、普通は企業運営に絶対必要な外貨は企業の奥底に大事に保管され、その時が来るまで決して表に出ないのである。だから海外ヘッジファンドも、この外貨を手に入れるのは至難の業なのである。

その企業保有外貨が韓国為替市場と言う表舞台に出てきたのである。海外ヘッジファンドが食いつかないわけが無い。
posted by かせっち at 22:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 韓国・朝鮮(経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イツカキタミチ

時々コメントを寄せるよね氏は地方都市の勤務医である。よね氏の住む地域でも昨今問題となっている地域医療の崩壊と無縁ではなく、よね氏が医療現場で孤軍奮闘している様がブログから見て取れる。

勢い、医療関係のニュースには敏感で、今回は読売新聞が提言した医療改革案を取り上げている。

医師を全国に計画配置、医療改革で読売新聞社提言(読売)

(記事より)
 医師不足などによる医療の崩壊を防ぎ、信頼できる医療体制を確立することを目指し、読売新聞社は改革への提言をまとめた。


苦笑。(よねの備忘録)

(エントリより)
読売新聞社説より。

(引用開始)

最重要かつ最優先の課題は、医師不足の解消である。

 医師の数はできるだけ早く、大幅に増やすべきだ。
だが、医学部の定員をいくら拡充しても、一人前の医師が育つまでに
は10年近くかかる。それを待てる状況にない。

 ならば、医師不足がより深刻な地域や分野に、集中的に人材を
送り込まねばならない。
 即効性ある方策として、卒業後2年間の義務研修(初期研修)を
終えた若手医師のうち、さらに専門医を目指して3〜5年の
後期研修に臨む人を、大学病院など全国の基幹病院に偏りなく、
計画的に配置する。

 研修中とはいえ、この段階の医師は一人前だ。
その“配属先”を国が決定する。地域・診療科ごとに人数枠を定め、
本人の希望ともすり合わせて配置を行う。

 そして、人材に余裕が生じる基幹病院から、
医師不足が深刻な地域へ中堅・ベテラン医師を派遣する。
その計画を立て、調整する公的な医師配置機関を都道府県ごとに
創設する。

(引用終了)

もしもし。
読売新聞さん。

日本の医療を潰す気でしょうか?

後期研修医は一人前ではありません。
ゆえに、基幹病院の中堅・ベテランの代わりは勤まりません。


つまり読売新聞の提言とは「学徒動員」ということか


今の医療現場が「大戦末期」の様相を呈しているというのなら、それまでだが…
posted by かせっち at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ&ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

権力への寄生

こんにゃくゼリー規制論にネットはなぜ反発するか(日経IT-PLUS・ガ島流ネット社会学)

こんにゃくゼリー規制論におけるマスコミとネットの乖離について。

(記事より)
 マスメディアに根強く残る「反権力」「市民派」といったステレオタイプなジャーナリズムの大きな問題は、人々の無責任と依存を生み出すところにある。あるときは規制を批判しながら、何かトラブルがあるとすぐに行政の責任を問い、規制を求める方向に議論を進めてしまう。今回の場合は、福田前政権の最大の置き土産である消費者庁設立の「実績作り」に加担している側面は否めない。

 ステレオタイプなジャーナリズムでは問題を深く掘り下げることができないだけでなく、議論のバランスを取ることが難しいため、ある程度のところまで進むと一気に目論みが反転する。教師批判が、モンスターペアレントバッシングになったように。本来の目的が見失われ、守るべき弱者を不幸にしていく。

 そもそも、権力側が責任を持って人々を「保護」してくれる、というのも怪しいものだ。こんにゃくゼリーを巡る議論の違いを見ていると、マスメディアと政・官が「共犯」となり、人々の自律や社会のイノベーションを阻害している、と言っても言い過ぎではないように思えるのだ。


常々権力の規制を批判するマスメディアが

時として権力の規制を求める急先鋒となる

これを権力への寄生と呼ばずして何と呼ぼう



参考:
自縄自縛(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

複素経済学

マネーの時代の終わり(日経BP)

昨今の金融危機で浮かび上がった、実体経済と金融の世界で飛び交うマネーとの乖離について。

(記事より)
 今回の金融危機に伴う株価の下落により、巨額のマネーが失われた。東証の時価総額は2006年末時点で約550兆円であり、2007年末時点では約480兆円であった。そして現在(10月10日)の時価総額は約270兆円である。昨年来の株価下落により、200兆円以上のマネーが失われた計算になる。ちなみに先週一週間だけで、株価は25%も下落し、100兆円近くのマネーが失われた。

 ところで日本の株式市場で失われたこの200兆円について、我々はそのマネーが実在したと、確証を持てるだろうか。資本市場に存在するマネーの価値は、常に揺れ動く。マネーの価値は、リアルの貨幣に換金して初めて、つまり株式であれば売って初めて、確定する性格のものである。ところが資本市場のマネーは、必ずしもリアルの貨幣に換金することを想定されていない。投資家が一斉に換金に動けば、今回のように相場が下落し、マネーの相当部分は市場の露となり、消えてしまうのである。


この経済の「虚実」について、小飼弾氏は複素数を援用して「複素経済学」と呼んでいる。

経済の「複素」像 - 書評 - 「お金」崩壊(404 Blog Not Found)

(エントリより)
すでに経済学をある程度学んできた人は、本書の215ページをご覧いただきたい。以下の図が目に飛び込んでくるはずである。この図の掲載許可を下さった著者ならびに編集部に感謝を。

<略>

これこそが、「複素経済学」の全体図である。上の円が虚部、下の円が実部。上では資金が、下では資源が循環している。上をeconomy、下をecologyと言い換えてもいいだろう。

この図は、市場経済に対する違和感の根本原因も明らかにしてくれる。エコノミストの話からは、下の円が抜け落ちているのだ。しかし、エコロジストが話をする時には、上の円が軽視されているかすっぽり抜け落ちていることが多い。

この図一枚のためだけでも、本書は入手しておく価値がある。


複素数は中学・高校の数学で出てくるが、そのありがたみがわかるのは理系の大学に入ってからかもしれない。例えば工学部の信号処理や制御論の講義では複素数を使った数式の説明がなされるが、それはその方が複雑な数式を実に美しく表現できてしまうからだ。

それは小飼弾氏が絶賛するオイラーの公式にも表れ、大学受験生の記憶容量を確実に奪っていた三角関数の諸公式(加法定理、倍角の公式など)は、オイラーの公式と複素数の性質さえ知っていれば全く覚える必要のない知識なのである。

かくして数式表現を便利にしてくれる複素数であるが、自分が習った信号処理の先生は次のように釘を刺した。


複素数とは数式を美しく表現し、公式の説明を容易にするために

実体のない数字を付け加えたものであることを忘れてはならない



小飼氏の複素経済学における実経済と虚経済の関係を見るに、この先生の言葉を思い起こすのである。
posted by かせっち at 23:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神は人をして自然を冒すことを許し給うたか

キリスト教にかけられた“嫌疑”(日経ITpro)

「昨今の環境問題の根源はキリスト教にあったのか?」というリン・ホワイトJr教授の問題提起について。

(記事より)
 キリスト教には環境問題を引き起こした重大な嫌疑がかけられている。聖書の中に、はなはだ問題がある個所があるからである。長いが全文を紹介してみたい。

 「神は彼らを祝福して言われた。『生めよ、ふえよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ』。神はまた言われた、『わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたにあたえる。これはあなたがたの食物になるのであろう』」

 天地創造が書かれている、かの『創世記』第1章28編の1節である。この部分が、1968年、環境思想上、大論争を引き起こすきっかけとなった。告発者は米カリフォルニア大学の教授、中世農業技術史が専門でルネサンス研究家としても名高いリン・ホワイトJrである。

 ホワイトは『機械と神』という著作の中で、今日の環境問題の起源を歴史的・思想的に説き起こし、大本にあるのがユダヤ・キリスト教だと述べた。といってもキリスト教そのものを糾弾したのではない。ホワイトは今日の環境問題は科学や技術の無制限な研究・開発によってもたらされたと指摘。それでは何が根拠となって無制限な科学と技術の発達がもたらされたのかと問い、その起源が現在をはるかにさかのぼることを解き明かしたのである。

 近代科学は11世紀にギリシャ的な思考とキリスト教の教義とがうまく融合したことで発達し始めた。だが科学技術が発達するにしても、なぜ人間は特別な存在であり、自然を破壊してもいいのだろうか?
posted by かせっち at 23:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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