2007年12月30日

2007年を振り返って

特に取りとめも無く。

・かつてのWeb版「今日の与太話」ではその年の高額出費の○×で締めくくっていたが、今年は大きな出費は無かった。尤も、来年はでかい出費が予定されている・・・(汗)

・今年最大の収穫は『歴史の終わり』と「国家への孝」。『歴史の終わり』は民主主義の成り立ちと有り様を、『売国奴』で指摘された「国家への孝」は韓国・朝鮮の理解を進めることに役立った。


ということで、今年の更新はこれまで。

皆様、よいお年を。
posted by かせっち at 19:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月28日

硫黄島からの手紙

今頃になってようやく衛星放送で視聴。


感想:

良くも悪くもイーストウッドらしい戦争映画。



「ミリオン・ダラー・ベイビー」でもそうだったのだが、彼の監督作品には「血湧き肉踊るような熱さ」よりは「演者の体温の低さと場面の冷めた空気」が感じられる。イーストウッドは同じ手法を戦争映画でもやってみせた。

だから、栗林中将以下の硫黄島守備隊の孤軍奮闘を期待すると裏切られるが、逆に随所に見られる「体温の低い」描写を見ると「米軍は彼らの神出鬼没の攻撃を恐れていたけど、その実情はこうだったんだろうなぁ・・・」と納得するものがある。

もう一人の主人公である西郷役の二宮和也の斜に構えた演技は「当時の日本人らしくない」という評価もあったものの、物語の狂言回しと考えれば中々嵌っていたと思う。黒澤明の『乱』におけるピーターが演じた役のようなものか。


そこにヒーローは居らず

栗林中将ですらヒーローたり得ない

極めて冷えた空気で見る戦争映画
posted by かせっち at 22:10| Comment(2) | TrackBack(0) | テレビ&映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月24日

国家への孝

『売国奴』p.52 - 53、韓国出身の呉善花氏の発言より)
韓国にしろ中国にしろ、価値観は基本的に儒教思想ですよね。儒教は長幼の序を大切にしますが、最も重要な価値観は孝にあります。これは本当は国家にとっては困ることなんです。

つまり、国家への忠よりも、親や先祖への孝を優先することになるからです。そこで中国では、国家を家族の拡大版とする、忠孝一致の家族的な国家観が説かれたわけです。でも韓国では、孝のほうを重んじて、つまり血縁家族を第一義の価値として、国家への忠は二次的なものとなり、その伝統は今なお続いています。ですから、対外的には大きな身内としての国家でまとまりますが、対内的には常に小さな身内集団間の覇権争いに今なお終止しているのです。

<略>

というよりは、近代国民国家を形成するにあたって、どうしても家族への孝を国家への孝へと本格的に拡大する考えの必要性が生じたわけです。そういう孝の価値観による以外に、国家への忠誠というモラルを生み出すことができなかったんですね。孝を超える忠ではなく、国家への孝が忠となるということです。

私が家の父に対して親孝行する、それを民族的に拡大したところで大統領が体現している国家に対して孝を尽くす。本来は家族と国家は別次元の異なる世界なのに、韓国では連続するひとつの世界であるかのように感じてしまうんです。


「孝」という言葉は本来血族・宗族との関係性を表す言葉であり、社会・国家との関係性を表す言葉ではない。しかし社会・国家に対して「孝」という言葉を使うということは、韓国・朝鮮においては「社会」「国家」「民族」は「家族」と同義であることを意味する。これが彼らの言動を解く鍵になる。

例えば、在日韓国人・朝鮮人が日本への帰化を頑なに拒む理由がここにある。「国家=家族」である彼らにとって国籍とは同じ家族であることの証であり、国籍を変えるということは「家族からの離脱」を意味するからだ。これは家族との関係性である「孝」を第一に考える儒教において最大の背信行為と言えるだろう。

また、韓国・朝鮮人が過剰なまでに民族主義的なのも「民族=家族」だからだ。自分の家族の栄達を誇らず、自分の家族への讒言に反駁しない者はいない。これと同じ言動を民族レベルに拡大したのが韓国・朝鮮の姿だ。韓国内で行われている韓国批判をそのまま外国で紹介する呉善花氏が売国奴と批判されるのも、「身内の恥」を晒しているからだ。

更に言えば、日本人には馴れ馴れしく見える韓国人の友達づきあいも「社会=家族」で説明できる。日本人にとって友達は幾ら親しくなっても「他人」であることにかわりはないが、社会全体が家族である韓国人にとっては友達とは家族の一員、即ち「兄弟」なのである。彼らとしては「兄弟の付き合い」をしているから、「他者との付き合い」である日本人には馴れ馴れしく見えるのである。


ある意味、孔子が目指した儒教国家は韓国・朝鮮において結実したと言えるのだが

同時に韓国・朝鮮の有り様を見れば、儒教国家など建設してはならないのである



何故か?

家族・血族とは「私(private)」の空間であり、社会・国家とは「公(public)」な空間だからである。「私」においては許される甘えも「公」においては大抵の場合許されない。ところが儒教国家では「私」の空間を「公」の領域にまで拡大する。その結果もたらされるのは、韓国社会でよく見られる「社会・国家レベルでの公私混同」である。


韓国・朝鮮という社会・民族・国家は「家族」という牢獄に囚われ

互いに親離れも子離れもできない甘えん坊の集まりなのである



参考:
売国奴(黄 文雄/呉 善花/石 平/ビジネス社)
posted by かせっち at 21:28| Comment(5) | TrackBack(1) | 韓国・朝鮮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

売国奴

売国奴(黄 文雄/呉 善花/石 平/ビジネス社)

台湾出身の黄文雄氏、韓国出身の呉善花氏、中国出身の石平氏による対談集。親日的及び祖国に批判的な言動から、祖国から「売国奴」呼ばわりされた経験を持つ三人が、それぞれの祖国である中国や韓国・朝鮮を斬りまくる。

石平氏の著作を読んだことがないのでわからないが、黄文雄氏、呉善花氏の意見はそれぞれの過去の著作で述べられたものを踏襲しているので、東アジア出身の三大親日家(笑)の見方を知るには手っ取り早い一冊と言える。

日本を含めて東アジアは中国文化の影響を多少ならずとも受けているが、対談に出てくる三人の意見を見ると、やはり日本は他の東アジア諸国とは異質であると同時に、反日にして儒教的という点で共通する中国と韓国・朝鮮にも、実は相違点があることが読み取れる。

この点については別途エントリを設けて論考したい。
posted by かせっち at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍&雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月15日

サトゥルヌスの世代

だめだこりゃ - 書評 - 団塊漂流(404 Blog Not Found)

(エントリより)
本書を読了した後には、団塊の世代は右の絵のようにしか見えない。この絵をお借りした先の斉藤マスターに解説してもらおう。

Espresso Diary@信州松本:火事なのだから、避難路を確認しないと。 - livedoor Blog(ブログ)
「我が子を食らうサトゥルヌス」。ギリシア神話の一場面を、晩年のゴヤが描いている。私から見ると、地方の高齢者たち、しかも安定した暮らしをしている人たちが道路を求めるのは、都市部の若い納税者たちから収奪をするような行為です。その残酷さと暗さは、ゴヤの絵画にも匹敵すると思います。


著者のサトゥルヌスぶりを、ちょっとだけ引用しよう。著者は朝日新聞の「声」欄で展開された73歳と39歳のやりとりを引用した後、こう述べている。

 私の考えは、どちらかというとお年寄りの考えに近い部分があります。
 それはやはり、現在七〇歳代、八〇歳代で年金をもらっている人たちは、自分の父母の世代で、彼ら彼女らが、それこそ戦争前後の日本の混乱の中で、ほとんどの人々が食うや食わずで、子育てに一生懸命だった姿を、何らかの形で直接見聞きしているからです。
 現在のように安定した時代に伸び伸びと育ち、自分の老後のことなどを考えられた世代とは違います。ですから、この世代の人々の根金はなるべく税金の心配などせず安心して、老後の生活をできるようにしても、いいのではないかと思うのです。


はい。娘たち息子たちの将来より、老母老父の余生の方が大事だそうです。親の親孝行はこの世ではなくあの世でお願いできないでしょうか。


ギリシャ神話のクロノスにあたるローマ神話の神サトゥルヌスは、父王ウラヌス(ウラノス)を鎌で去勢して追放し、その王座を奪う。しかしウラヌスが言い残した「お前は実の子によって王座を奪われる」という予言に怯え、生まれた子供を次々と飲み込んでいく。

この神話を描いたのがゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』である。


戦前までの日本の伝統的価値観を軍国主義と共に去勢し

会社生活残り10年を子供の世代の就職を奪うことで乗り切った

団塊の世代に何と相応しい神ではないか



ちなみに神話では、唯一難を逃れた子供によってサトゥルヌスは討たれ、ウラヌスの予言は的中するのだが、その子供こそ神々の王ジュピター(ゼウス)である。


参考:
サトゥルヌス(Wikipedia)
クロノス(Wikipedia)

責任の二つの顔(404 Blog Not Found)
消費行動の格差(当ブログ記事)
posted by かせっち at 19:13| Comment(0) | TrackBack(2) | 世代間問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月14日

鶏が先か 卵が先か

官民賃金格差と地域の発展(日経BizPlus)

(記事より)
 公務員の賃金水準が高い都道府県ほど、都道府県民の所得は低い傾向がある。縦軸に1人当たり県民所得、横軸にその地域の公務員賃金と民間賃金の差(公務員賃金が民間賃金を何%上回っているか)をとると、下図のように、公務員の賃金が民間に比べて高い都道府県ほど、1人当たりの所得が低いことが見てとれる。図では東京が突出しているが、東京を除いても、この傾向は変わらない。

 なぜこのような傾向があるのだろうか。所得の低い県では、公務員の他に仕事がないので、公務員の賃金が相対的に高くなるというのが、通常の答えだろう。

<略>

 むしろ、因果関係を逆にして考えるべきではないか。公務員の賃金が地域の賃金水準よりも高ければ、有能な人材が公務員になり、ビジネスには集まらない。だから、地域の経済発展が遅れるのではないか。


賃金が高いから公務員になるのか、有能な人材の受け皿がないから公務員になるのか。
posted by かせっち at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ&ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

虫の目と鳥の目

「日本人と言うのは不思議な人種やなあ。多くの連中にとって、
ある種の観念の方が、目の前の現実よりも現実的なんやから。」


この司馬遼太郎氏の言葉は「日本人は至って現実主義的である」という自分の考えとは異なるものである。しかし司馬氏の言葉にも頷けるところがある。だとしたら、自分の考えが間違っているのだろうか?

これについて自分なりに考えた結果、「日本人は現実主義が強すぎるが故に、観念(或いは理想主義)に惑わされやすいのではないか?」と思うようになった。

つまり日本人は現実にこだわり過ぎるが故に、現実の背後にある法則性や普遍的概念――つまり観念にまで考えを及ぼす意識が弱い。現実に基づいて一つの観念を導き出すのに慣れていない。

そこに「これが現実を説明する真実である」という観念が提示されるとどうなるか?

その観念を現実に基づいて検証しない上に、観念を示したものが権威を持っていれば、多少腑に落ちないことがあっても受け入れてしまう。この傾向は古くはGHQのWGIP、最近でもマスコミの偏向報道を苦も無く信じてしまう人が多かったことからも伺える。

しかし同時に、動かしようもない厳然たる事実が示されれば、その現実に基づいて考え方を一挙に変える所も日本人の現実主義的たる所以。それは北朝鮮の拉致事件が明らかになった瞬間、北朝鮮とそれを擁護していた左翼の権威が失墜したことから伺える。

* * *

新聞記者の言葉に「取材をするときは『虫の目』と『鳥の目』が必要だ」というのがある。つまり地面を這う虫のように丹念に事実を拾い上げていく一方で、空を舞う鳥のように事件の全体像を俯瞰することも大事、ということである。

つまり「虫の目」は「目の前の現実に対処する」という意味で現実主義、「鳥の目」は「掲げた理想を元に現実を把握する」という意味で理想主義に通じ、両方の目が必要ということは現実主義と理想主義を同じように扱わなければならない、と言える。


「虫の目」中心でやってきた日本人に必要なのは

「虫の目」を忘れることなく背中に羽を生やし

「鳥の目」で全体を俯瞰することである
posted by かせっち at 22:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月05日

食品偽装にみる中国・2

先日のエントリ「食品偽装にみる中国」でも述べられていたように、日本でも食品偽装が次々と明るみになっているが、中国のそれとは根本的な違いがある。


少なくとも、こんな人死にを出すような真似はしない。


インスタントラーメンを食べた小学生4人、直後に泡を吐き即死…中国(痛いニュース)

(エントリより)
2007年12月3日朝、雲南省昭通市魯甸県楽紅郷楽紅村の
小学生4人が死亡する事件が発生した。
通学途中に食べたインスタントラーメンが原因と見られている。

現地からの報道によると、死亡したのは5年生の男子生徒・
李志現(リー・ジーシエン)君、3年生の女子生徒・董太銀
(ドン・タイイン)さん、董太紅(ドン・タイホン)さん、
1年生の女子生徒・鄒光明(ゾウ・グワンミン)さんの4人。
インスタントラーメンを食べた1〜2時間後、
口から泡を吐き四肢がけいれんして意識をなくし、その後間もなく死亡した。


以下、2ちゃんねるの反応:

383 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/12/05(水) 13:53:33 ID:r8CzdD2/0
インスタントラーメン入り毒

390 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/12/05(水) 13:54:47 ID:LKq6jQjg0
猛毒inスタントラーメン

386 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/12/05(水) 13:54:17 ID:Q+wDeDMZ0
日本で問題になっている賞味期限問題がものすごく良心的にみえてきた。


参考:
食品偽装にみる中国(当ブログ記事)
posted by かせっち at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国(経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月02日

クリエイターとしての能力

まずは慶応大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授、エイベックス取締役の岸博幸氏による昨今の著作権議論についての問題提起。

著作権法改正巡る2つの対立・「思いやり」欠如が招く相互不信(日経IT-PLUS)

(記事より)
 デジタルとネットの普及でクリエーターは所得機会の損失という深刻な被害を受けている。MIAUは「一億総クリエーター」という政府の標語を引いているが、プロとアマチュアのコンテンツは分けて考えるべきである。放送局やレコード会社などを含むプロのクリエーターは、作品から収入を得ているのであり、その収入が激減するのを放置したらどうなるだろうか。ネット上でのプロのコンテンツの流通が増えるどころか、プロの道を志す人が減り、日本の文化の水準が下がる危険性もあるのではないか。


これに対し、記事中で名指しで批判されているMIAUの発起人のIT・音楽ジャーナリストの津田大介による反論。

レディオヘッドを聴けばわかる音楽業界・ダウンロード違法化論の不誠実(日経IT-PLUS)

(記事より)
 岸氏の「プロとアマチュアのコンテンツは分けて考えるべきである」という考え方もまったく納得できない。なぜなら、著作権法は「プロクリエイターの生活を保障するための法律」ではないからだ。クリエーターやコンテンツに対して「思いやり」が必要だというなら、まず彼らの印税率を見直すなり、職業クリエーターが最低限の生活を送れるようなセーフティーネットを作るべきだ。その方がはるかにクリエーターは「保護」されるだろう。


注目されるのは「クリエイターのプロとアマの差」という視点であり、ネット上でもこの点について議論がなされている。そのうちの一つ、「ガ島通信」より引用。

クリエイターの所得機会を損失させているのは誰か(ガ島通信)

(エントリより)
そもそも、放送局やレコード会社はクリエイターではなく、クリエイターの周りに群がって収益を上げている人たちであり、仕組みなのです。

岸氏のコラムは、クリエイターと仕組みを(わざと?)混ぜて議論をしているのでややこしいのですが、池田信夫氏がネットはクリエイターの敵かで「レコード会社のロビイスト」と紹介しているような視点で読めば理解は早いと思います。要するに、放送局やレコード会社の利権や産業振興と言う点では岸氏の指摘通りでしょう。

<略>

重要なことは岸氏が言うプロとアマという立場、つまり流通を押えている組織に属しているか、いないかではなく、作り出したコンテンツの質によって対価が支払われるべき仕組みをどのように作っていくかなのです。


そしてガ島氏は元新聞記者の経験から、新聞業界も同じであると指摘する。

イベントの案内とマスメディア=ジャーナリズム論について少し(ガ島通信)

(エントリより)
先日のエントリー

クリエイターの所得機会を損失させているのは誰かで

私は以前は新聞社で記者をしていましたが、書くコンテンツの質がフリーランスで活躍するライターと比べて圧倒的に高いとは到底言えません。しかし給料は圧倒的に異なるのです。このアンバランスを解消しなければ、クリエイターになりたいと、まともに思う人などいないでしょう。


と書きましたが、新聞業界も同じ問題を内包しているのです。


新聞社の記者は流通業者としての新聞社の社員であると同時に、自ら記事というコンテンツを作るクリエイターでもある。しかしそのクリエイターとしての能力そのものは、純粋なクリエイターであるフリーライターに比べて圧倒的に高いわけではない。

そしてガ島氏は、クリエイターの能力が給料に比例しない不当性を指摘するが、自分としてはクリエイター(新聞記者)の能力がさほど高くないと思われる言論が、流通業者(新聞社)の中の人に作られたというだけで広範囲に流布される不当性を問いたい。


新聞記者の「言論力」の源泉は「輪転機」にある。

テレビキャスターの「言論力」の源泉は「アンテナ」にある。



参考:
「存在格差」(当ブログ記事)
posted by かせっち at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

お前ら 自重しろw

「英国旗変更問題に日本から解決案」 2ちゃんねらーが考案した国旗デザインが英紙に掲載される(痛いニュース)

「ユニオン・ジャック」として知られるイギリス国旗は、スコットランド国旗、アイルランド国旗の上にイングランド国旗が重なる形で構成されている。これはイングランドがスコットランド、アイルランドを服属させてきたイギリスの歴史を物語るものと言われている。

しかしイギリスを構成する4つの王国の一つであるウェールズの国旗はイギリス国旗に含まれておらず、「ウェールズを表す『Welsh Dragon』を含めるべきだ」という議論が提起され、英テレグラフ紙が読者に図案を募集した。

これに食いついたのが日本の2ちゃんねらー(笑)

面白がってライト・ノベルのキャラを乗せた図案などをアップしたところ、何とテレグラフ紙が日本から送られた図案を特集記事にしてしまったというお話。

以下、2ちゃんねるの反応:

(エントリより)
37 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/11/30(金) 23:42:34 ID:Tffut2KQ0
英国ワロタ
さすがジョークがわかる国だ

79 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/11/30(金) 23:45:14 ID:Tffut2KQ0
相手がジョークがわかる国で良かったよなw
ヘンな相手だったら、国際問題に発展してるぞ

247 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/12/01(土) 00:05:55 ID:2vlu3B6D0
英国人はこういったくだらないジョークが大好きなことで有名。
一流新聞紙でもエイプリルフールネタを毎年かかさずにやっているくらい。

248 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/12/01(土) 00:05:56 ID:i4BtY+ic0
イギリスからすればこれぐらいのネタ扱いにしてウェールズのゴネをかわしたいところ
なんだろう

332 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/12/01(土) 00:17:53 ID:eXTtHVVM0
向こうが怒ってプリンスオブウェールズ派遣してくるかもよ


誰が上手いことを言えと(笑)


いや、中には格好いい奴もありますけどね。


参考:
イギリスの国旗(Wikipedia)
posted by かせっち at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。